日本一!
久しぶりの日本一が見られた。勝った!
発表予定だった研究会が中止の恐れがあるとのこと。
理由は,インフルエンザらしい。
その連絡が入ったのは,発表原稿を書き終え,いざ送付しようと思った矢先のことだった。
インフルエンザは日本中で懸案になっており,対岸の火事というわけにはいかない。
本学でも罹患した学生がいるようで,各部署から注意が促されている。
どうぞ。お大事に・・・。
さて,発表原稿はどうしようか・・・。
慶應義塾大学での日本マス・コミュニケーション学会の秋季研究会に参加してきた。テレビなどのマス・メディアだけではなく,インターネットやケータイを対象とした研究も見られる。今,書いている原稿に参考になるものもあった。
目に付くのは,質的研究法が多くなってきたことである。ある発表で,定量的な研究では「こぼれ落ちる」事例を拾っていくこと,そこから理論につなげていくことが,指摘されていた。
勉強しなければならないことが多すぎる。
標記のタイトルの記事を見つけた。
親睦会を重視する石川ゼミにとっては,なかなか面白くかつ,ゆゆしき問題と思うので読んでみた。
企業という組織とゼミを同等に扱うことはできないが,参考になると思う。
どうも,「重い組織」というものがあり,それは「合理的な判断に基づいて迅速に動けない組織」であるらしい。
「重い組織ほど,「タテ」の公式ルートではなく,インフォーマルなコミュニケーションを通じて仕事を進めようという力が常に働く」のだそうだ。このインフォーマルなコミュニケーションの1つが「飲みニケーション」なのであろう。
会社内のコミュニケーションよりも,飲み会を重視すると言ったら大袈裟だろうか。
これをゼミに当てはめるとすれば,「授業における学業」よりも「飲み会の楽しさ」を重視するということだろうか。
これは,厳に慎むように常に繰り返して学生に伝えていることである。
そのためには,どんなことに注意すべきだろうか。
組織の「重さ」を構成する要因---これが参考になった。思い当たる節はないだろうか?
読んだ限りでは,以下のように解釈できた。
1) 「過剰な『和』志向」 : 仲良しごっこ
2) 「内向きの合意形成」 : ソトではなくウチを見ている。
3) 「フリーライド(ただ乗り)」:口は出すが責任はとらない。他人事のように考えている。
4) 「経営リテラシー(基本的な考え方)の不足」:目指すべき基本方針を理解していない。
「他山の石」としなければならない。
学園祭に顔を出してきた。自分の学生時代と比べると,なんとなく今の方がおとなしい感じがする。なんでだろうか? 年をとった証拠だろうか。
木下博勝氏(女子プロレスラーのジャガー横田さんの夫)の講演会があったので,聞きに行ってみた。かなりの笑いをとっておられた。元々は外科医でいらっしゃるが(今もそうであるが),テレビ出演など多くなさっているためか,かなり手慣れておられるように感じられた。やはり数をこなすことによる「慣れ」は,大切だ。それは,スピーチも同様である。
英語のN先生に誘われて?,現在来日中の留学生と,バスケをした。僕のステレオタイプの通り,アメリカ人学生は,バスケが好きだ。女子学生も多く,それほど激しい運動ではなかったが,何より楽しんでいるすがたがみられた。
さて,バスケをするのは数ヶ月ぶりだったが,結構シュートも決まった。いい汗をかいた1日だった。やはり,人間は適度な運動が必要だと改めて思う。
昨夜,コミュニティ振興学部の先生方との酒席があった。研究グループや大学内の会議でご一緒することはあったのだが,アルコールが入るとまた違った一面を垣間見ることができた(もちろん,良い意味で!)。
先生方の僕に対するイメージも少々,変わられたようだ。良いものであってもらいたい。
標記の資格を取得した。資格を取得するのは久しぶりだ。
大学院修士課程を修了した際に取得した「教員専修免許(英語)」,以来である。
社会調査協会HPによれば,「専門社会調査士」とは,以下の通りである。
専門社会調査士-高度な調査能力を身につけたプロの社会調査士です。
調査の問題点や妥当性等の指摘はもちろんのこと、多様な調査手法を用いた調査企画能力、実際の調査を運営管理する能力、高度な分析手法による報告書執筆などの実践能力を有しています。
研究面では,マス・コミュニケーションの調査を実施し,教育面では,質問紙調査関連の科目を担当しているので,持っていた方が良い資格かと思い申請した。通って何よりであった。
まだ新しい資格なので,どれほど「箔がつく」のか分からないが,どう活かすかは「自分次第」であろう。
オープンキャンパスのために出講。模擬授業などの担当はなく,個別相談だけであった。学生アルバイトも固定メンバーとなりつつあるので,手慣れたものだ。スムーズに準備や後片付けをしてくれた。お疲れ様でした。
夏季セッションで本学にいらっしゃっている先生(先日このブログに書いた,本学から他大学に移られた方)と学科の先生達とで宴席を設けた。数年前に行ったお店(環翠)が非常に美味しかったので,そこで舌鼓をうった。
刺身類や納豆料理が美味しい。特に夏牡蠣,納豆焼き飯が美味しかった。値が張るが,味を考えると仕方がないところだ。時々,この位の贅沢はよいだろう。
昨年と比較して,体重はマイナス5キロで55キロになった。また,ウエストはマイナス6センチであった。頑張った。ウエストがマイナス6センチは,実感が無く,ちょっとおかしい気がする。去年79cmもあったが,これは測り間違いなのではないかと思う。
メタボなど,どこ吹く風である。あとは,リバウンド対策だな。
講演の際に話すことだが・・・。自分が話したことを全て言葉に出来る人はいない。根拠があるわけではないが,半分も話せれば,相当に優秀な人なのだろう。人が話していることを全て理解できる人はいない。これも半分が理解できれば優秀な人だとしよう。
とするならば,当初頭の中にあった内容のうち,相手に伝わるのは25%ということになる。これは単純計算で,「おはよう」といった言葉の意味が25%しか伝わらないとは,とても思えない。でも,自分の思っていることが言葉にできるわけではないし,仮に全て話せたとしてもその通り解釈されるわけではない。
そう考えると,我々はよくコミュニケーションできるものだと思ってしまう。そうしたギャップを埋めるものとして,「エンパシー」などがあるのではなかろうか。
ついに,アンダー40から,アラウンド40になってしまった(30代後半も当然アラフォーなのだが,アンダー40だと言い張っていた)。自分がこの年齢になるなんて,学生時代には思っても見なかった。何となく不思議だ。人生とはこんなものなのだろう。
自分がそれに見合った人間かといえば,僕はそう思えない。これも,人生なのかもしれない。
日本中のブログに,この話題が載っているだろう。テレビでも,朝からこの話題で持ちきりであった。
僕も水戸から日食を見ようとしたのだが,生憎の雨模様。
時間になって空を見上げてみたが,日食で暗いのか,雨のせいなのかよく分からなかった。
専用のグラスを買った人は,ちゃんと見えたとのことだった。
僕もそうすれば良かった。
テレビ番組で,高所恐怖症を克服する方法をやっていた。歌手の高橋ジョージさんが最新の機器をつかったバーチャル体験をすることで克服した,という内容だった。少しずつ慣れていくことが克服の秘訣とのことだ。これは,脱感作理論にも相通じるものがある。
ちなみに高橋さんは,子どもの頃に高いところから落ちた経験がトラウマとなったとのことだった。 僕も高所恐怖症だが,原因は何なのだろうか。子どもの頃にそのような経験はないはずなのだが・・・。
標題で著名な川喜田二郎氏が亡くなったとのことだ。文化人類学がご専門とのことだが,畑違いなのでそちらの著書を読んだことはない。
しかし,質問紙調査を実施するモノであれば,KJ法を知らない人はいないだろう。また,問題解決のための手法としてもよく用いられる。僕が本当に理解しているかと言えば,かなり怪しい。『発想法』をまた読み直してみようか。
体重が55kg近くまで落ちた。学生時代の体重に近づきつつある。この時期に身体測定があればよいのにとも思う。痩せた理由として,健康のため豆乳野菜ジュースを飲んだり(ダイエットにもなるらしい),トレーニングをしたり・・・などが考えられるが,やや夏バテ気味であることが本当の理由かもしれない。
とすれば,あまり喜ばしいことではない。人間最後は「体力」だと思うからである。うろ覚えだが,武者小路実篤のことばに,「あと一歩,というところで,くたばっては何にもならない」というものがあったと思う。
学生時代に所属していたクラブの祝賀会に出席してきた。35周年祝賀会にも出席したので,5年ぶりになる。知り合いが何名いるかと多少の不安もあったが,お世話になった先輩や同期,後輩など数人との再会を楽しんだ。
それぞれが家庭を持ち,仕事を持ちといった人生を歩んでいらっしゃる。それでも学生時代の感覚で話せるのは何よりうれしい。「見た目が若い」と言われたのはありがたかったが,「学生時代のほうが老けていた」という言葉が続いたのは気になった。
現役学生とも話すことができた。僕がクラブにいた当時はまだ生まれていない人たちだ。それでも,普段学生と話しているためか,すんなりと話せたように思う(学生たちは思っていないかもしれないが・・・)。
とにあれ,「大学に遊びに行くところがある」というのは,ありがたいことだ。それが,母校と言うものであろう。
クラブのほうは一次会で失礼させてもらい,その後,ゼミの同期とお酒を飲む。熱い議論?を交わしたが,その中で「大学内の常識?」に染まっている自分を感じた。決して悪い事ではないかもしれないが,異業種の方からの弁は貴重だ。そんな深い一日であった。
忙しい一日だった。巡り合わせで,このような日が時々ある。
2限 交流会
昼休み 資料の印刷
3限 授業
4限 会議1
5限 会議2
6限 会議3
忙しかったお陰で,余計なことを考えずにすんだ。
こんな日があっても良いのかもしれない。
時々で十分だが・・・。
大役(少なくとも僕にとっては)を仰せつかった。「長」と名のつくものである。今日,始めて議長役を務めたのだが,しどろもどろになり,さんざんな出来だった。まぁ,「数をこなすうちに慣れますよ」と慰められたのだが・・・。
持論なのだが,「緊張したり,追い詰められたり,酔っぱらったり」といった時に現れる自分が,「素の自分」なのだと思う。元々僕は人前で話すのが苦手だ。それを再確認した次第である。いや,それだけでなく,克服しなければならない。
標記のような言葉がある。肩の力を抜くことや「鈍感力」が必要なのは分かる。
が,どちらかというと,吉野弘さんの詩「夕焼け」の一節の方が頭に思い浮かぶのだ。
やさしい心の持主は
いつでもどこでも
われにあらず受難者となる。
何故って
やさしい心の持主は
他人につらさを自分のつらさのように
感じるから。
やさしい心に責められながら
娘はどこまでゆけるだろう。
下唇を噛んで
つらい気持ちで
美しい夕焼けも見ないで。
昨日,大学時代の同期,後輩2人(いずれも男性)と,久々の再会をした。最初は,学生時代の話,最近の仕事の話などとりとめのない内容だったが,2次会ではかなり真剣な話になった。 どちらかと言えば,聞き役に回ることが多かった。というより,あまり話さなかったのが,本当のところだ。3次会ではカラオケとなった。これも久しぶりである。少しはストレスが解消できたかもしれない。この一日の顛末はタイトルに示したとおりだ。かなり疲れたが有意義な時間であった。
昨夜,コミュニケーション学科の先生のお祝いを水戸の鰻屋「ぬりや」でおこなった。コース料理を食べた。鰻好きの僕にとっては味は満足いくものだったし,量を考えてもリーズナブルな値段であった。
欲を言うと肝焼きを食べたかったが,お腹が一杯でとても入らなかった。二次会参加したものの,ほとんど食べられず,お酒も飲めずという状態だったが,会話を楽しんだのでよしとしよう。
恩師 故阿久津喜弘先生のお誕生日である。専任になって6年半になるが,僕の授業の内容は阿久津先生の影響が見え隠れする。メディア・コミュニケーション,マス・コミュニケーションといった分野は,時代によって変化するので,常に新しいことを学んでいかねばならない。しかし,人と人の「コミュニケーション」を扱っている限り古びれることはないので,本質を扱えとお教え下さったのが,先生であった。そのあたりを振り返って,原稿を仕上げることにしよう。
最近飲むことが多い。先週末も昨日も飲みであった。いずれの会も楽しいお酒だった。オリエンテーション中も,ちょこちょこ仕事が入り忙しかったりする。そういった意味では良い気分転換にもなるのだが,休肝日を設けるようにしないと・・・。(^-^; それと,授業準備も本格的にしないと・・・。
4/3の入学式,コミュニケーション学科に91名が入学したとのこと。これから,「コミュニケーション学」を共に学んでいくことになる。先ずは,オリエンテーションがあるので,そこで顔合わせになる。最初は,学長先生の講話の前であろうか・・・。
3/14のオープンキャンパスで,学科説明を担当した。当日は雨模様であったが,それなりの人数が集まったようであった。なお,主な対象は2年生である。
なにしろ,2年生なので,それほど明確な志望動機があるわけではなく,とりあえず幅広く情報を集めようとしている姿が見て取れた。そうした彼らにどのような印象を与えられたのだろうか。「オープンキャンパスで,様々な学科のの話を聞いたが,その中でもコミュニケーション学科が一番良かったので・・・・」なんてことがあったらいいなぁ。
そうそう,アルバイトをしていたNさん,Tさん,お疲れ様。学生のナマの声は,受験生には大切だと思う。
コミュニケーション学科の先生方と宴席。今年度限りで退職される先生の送別会である。昔話などいろいろ話したがが,先生方の頭の半分は,次年度に向かっているようであった。もちろん,僕もそうだ。一年なんて早いものだ。
月曜日の非常勤が終わりに近づいている。試験問題もできあがった。 本務校の入試も一応終わり,成績もつけた。
ホッと一息というところで,仕事が入ってきた。それも2件。いい機会なので,どちらも引き受けることにした。僕は怠け者で,何らかの刺激がないと直ぐにサボる癖がある。毎日コツコツ・・・というのが苦手だ。では,一極集中で大きな仕事が入ると力を発揮できるのか?,というと,尻込みしてしまう性質である。
全くもって,この仕事には向いていない人種だ。せめて,少しずつでも刺激を入れて,気を緩めないようにしないと・・・。
同僚の先生方とお酒を飲む。酒豪の方が多いので,ついついつられて飲み過ぎてしまう。楽しいひとときであった。といっても,僕は最後にはギブアップして,ウトウトと・・・。そんな中でもほとんど顔色が変わらない方がいる。ほどほどにしておくのが,一番なのだが・・・。
どうもここ数日調子が悪い。特に熱はないので,ただの風邪のようだ(もちろん,ただの風邪と侮るなかれ)。それでも,採点の目途がついたので,ホッとしている。なんとか今週中には直したいものである。
自宅の洗面所の水が流れなくなった。これまでも詰まることはあったが,市販の「パイプ〜」を使えば解決できていた。ところが今回はそれでもダメ・・・。しかたないので,水のトラブルを解決してくれる会社のHPを確認して,料金を見てみる。それなりにお金がかかるが致し方のないこと,とは思ったが,取りあえず自力で直せるものなら直してみようと試みた。
試行錯誤(詰まっていた水があふれる)などの末,詰まっていた箇所を特定し,何とかゴミを取り除くことに成功した。「こんなモノが詰まっていたなら流れないよな・・・」という大きさ(ピンポン球位)であった。それにしても気になるのは,管の汚れであった。ヒドイ汚れ方で兎に角ビックリである。そこで,ついでに管を取り外し,中まで綺麗にすることにした。ゴミをかき集めると物凄い量であった(ここには書けない)。
当初の「何で流れなくなったのだろう」という気持ちから,「よくもまぁ,この状態で水が流れていたものだ」という感想に変わった。そうすると,「洗面所でこれほど汚れているのならば,洗濯機,風呂,台所,そしてトイレはどれほどなのだろう・・・・」と思えてくる。考えるだに恐ろしい。
チャレンジしてみたいと思ったが,素人が下手なことをして大惨事になるといけないので,取りあえず,洗面所の掃除で満足しておこう。
2008年も終わろうとしている。子どもの頃は意味もなく感慨深かったのが,だんだんとそのような感情が薄れてきているような気がする。年越しそばを食べ・・・といったことはするのだが,どうもイベント?としての重要性が薄れている時代の流れのせいかもしれない。いや,年齢のせいかもしれない。
それでは,よいお年をお迎え下さい!
ゼミOBと忘年会(2人)をした。仕事も大変そうだが,何とかやっているようでなによりであった。僕の希望で二次会はカラオケであった。
一番ありがたかったのは,「卒業して2年目でゼミで学んだことの意味が分かった」という言葉であった。「我が意を得たり」とまで偉そうなことはいえないが,自分の考え方が肯定されたようでうれしい。その内容については,年明けの授業で学生に話そうと思う。
大掃除というほどではないが,取りあえず,一通り掃除を済ませた。いざ始めると,普段気にならないところが目についてしまう。キリがないので,やや大ざっぱにしてしまった。掃除にうるさい人から見れば,「四角い部屋を丸く掃く」ようなものかもしれないが,しないよりはマシというものであろう。
久しぶりに機種変更した。もちろんケータイである。しようしようと思っていても,どうも踏ん切りがつかず。2年以上も使っていた。それほど機能を使いこなしていないからかもしれない(GPS,おサイフケータイ,モバゲータウンなどは利用したことがない)。せいぜい,カメラ,赤外線通信,電卓,ストップウォッチ,目覚まし,そしてインターネットによる簡単な検索(路線や天気),そしてメールといったところだろうか・・・。テレビ(アナログ)も見られたのだが,水戸は電波が悪いので,ほとんど利用しなかった。なお,音楽プレイヤー機能については,デジタル・オーディオプレイヤーを別に持っているので利用しなかった。
新しくなると,いろいろな機能が使えるので便利だが,パソコンをメインに利用する者としては,パソコンですむ機能については,ついつい覚えるのが面倒になってしまう。暇つぶしにワンセグを・・・なんてことも考えられるが,車通勤の僕にとっては,それほど利用する機会もないだろう・・・。と思っていたが,ちょっと事情が変わった。
明日の非常勤は,通勤時間がかかるのである。マニュアルを読んで,ワンセグだけでなく,様々な機能を試してみようと思う。\(^o^)/
学内共同研究(eラーニング)のため北海道に行ってきた。北海道へ行くのは生まれて初めてである。北海道情報大学を訪問し,様々な説明を受けるが,システム構築の話が多く,理解が不十分なところもあった。そのあたりは共同研究者(工学系の先生)にお任せすることにして,授業での活用方法についてお話を伺うことにした。「eラーニングを積極的に利用させるには?」,「評価はどうするのか?」,「ラーニングポートフォリオとしての活用法は?」といった問題への取り組みが大いに参考になった。
研修終了後の夜,地元の大学に勤務している大学院時代の先輩と再会,同僚の方とも一緒に食事に行き,昔話に花が咲いた。北海道での生活や北海道の学生と茨城の学生の気質?の違いの話も分かり面白かった。
当初は比較的暖かったが(水戸とそれほど変わらなかった,その先輩によればバカみたいに暖かい),最後になって雪に降られた。マイナス3度まで下がり,こちらの感覚では大雪であったが,何事もなかったかのように街が動いていた(当たり前!)。ついでに言うと北海道の人はあまり傘を使わないらしい。よく見てみると,全くその通りで地元の学生らしき人は,フードをかぶるくらいでしのいでいる。慣れだけではなく,雪が乾燥しているものその理由のようだ。歩く際に大分雪に降られたのだが,建物に入る際に雪を払うと,傘もズボンもほとんど濡れていないのである。これも初めて知ったことだ。
帰着の際,新千歳空港ではイベントがあり,田中義剛さんが花畑牧場の生キャラメルの宣伝もしていた(写真も撮った)。キャラメルは時間の関係で手に入らなかったが,他社の製品(地元で好評と現地の方に伺った)を購入した。さらにジャガポックルも購入した。「多くの店でお一人様・・・まで」とあり,これも人気商品らしい。今度のゼミに持って行こうと思う。
本学硬式野球部が,健闘及ばず立命館大学に敗れた。素人目にはその差は大きいように感じられた。やはり,全国レベルともなると大変だ。今日は仕事の都合もあり,学内でテレビ観戦をしたが,自分が知っている学生が試合に出ている姿(テレビに映っている姿)をみるのも新鮮であった。とにかく,お疲れ様!
第39回明治神宮野球大会に出場している本学硬式野球部の応援に行ってきた。特に肩入れしているわけではないが,創部以来,悲願の初出場とということだったので,記念にと思ったのがその理由だ。高校,大学(大学院も?)とそれほどスポーツに熱心ではない学校だったので,「自分が所属しているわけでもない部の応援に行く」という経験が初めてである。
大学発のバスが早く着いたので,いちょう祭りでの大道芸(ジャグリングなど)を見たり,サブウェイのサンドウィッチ(低カロリーで美味しい。水戸にないのが残念)を久しぶりに食べたりなどしていた。
試合は,やや押され気味だったが,少ないチャンスをものにして勝ったというところだろうか。応援席では,急遽決まった割には多くの学生が集まっていた。応援団長や吹奏楽部の頑張りもあって,職員の方や学生が一丸となって,それなりに盛り上がった。水戸黄門のキグルミ(名前は失念,写真を撮ったが著作権問題が怖いので割愛)や納豆などもでてきた。スカパーで放送されたらしいが,恐らく「初出場,水戸の常磐大学,納豆のように粘り強く」などとアナウンスされたのではないかと思っている(笑)
応援している姿を見ると,「いいなぁ」と思う。僕がしていたスポーツは,基本的には個人競技(卓球)だったので,皆で何かをするという行為にあこがれを感じるのである。
今日の初出場初勝利は,選手の頑張りはもちろんだが,部長,監督,マネジャー,控え選手,後援会の方々などのご尽力もあってのことだろうと推察する。門外漢で初めて応援に行った僕が,知ったような口をきくのもはばかれるので,単純に「おめでとう!」という言葉で締めくくることにしよう
。
追伸
本学の職員を退職し,転職された方が応援に見えていた。話を伺うと,転職先が僕の大学時代の後輩と一緒であり,僕のことが話題に挙がったとのこと。世間は狭いとつくづく思う。
大学時代の1つ下の後輩F君が,仕事の関係で水戸に来訪した。着いたのが19:00過ぎであったので,残っていたゼミ生と軽く顔合わせ?をして,夕食を食べ別れた。学生時代の話や今の話など,とりとめのない話ができ,楽しいひとときであった。
なんと言っても,僕が「先生」と呼ばれることに不思議な感覚がするとのことだった。そうだよなぁ。学生時代を思うと,自分でも驚きなのだから。
大学生の時に所属していた部活では,1年生向けのレシテーションコンテストがあった。僕の時にはキング牧師の演説がトピックであった。今でもそのフレーズを覚えている。ゼミでスピーチ・コミュニケーションを扱っているのは,部活とゼミでのスピーチ経験が元になっている。
ところで,ゼミ選抜を行うに当たって1つ頭に浮かぶのが以下のフレーズである。学生諸君は,出典がわかるだろうか?
And so, my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country.
先ほど,ケータイに電話があった。学生時代の1つ下の代の後輩からの電話だ。13日に水戸で仕事があるので,会える時間があれば・・・とのことだった。こうした連絡をもらえる人間関係があるのは本当にありがたいことだと思う。
高校生や学生にとって,やはり「コミュニケーション論」は理解しにくいらしい。「コミュニケーション=対人コミュニケーション」と思っている人が多いようだ。僕の専門は,コミュニケーション論の一領域としてのマス・コミュニケーション論である。しかしながら,「コミュニケーション=対人コミュニケーション」と捉えている人には,対人コミュニケーションもマス・コミュニケーションも,同じコミュニケーションであるといってもイメージがわかないようだ。
一般的に言えば,「コミュニケーション=対人コミュニケーション」と捉えられていても致し方ないとは思う。ではどう理解されているかといえば,「対人関係のノウハウを学ぶ」といったものが多いようだ。対人関係と対人コミュニケーションは微妙に異なり,対人コミュニケーション論は,単に対人関係構築のコツを学ぶものではない。学問と結びつけて捉えている人であっても,「心理学のようなもの」と捉えている場合が多いようだ。「コミュニケーション学は心理学と違う」のだが,理解してももらうのは難しそうだ。
コミュニケーション学を専攻する者としては,「対人関係のノウハウを学ぶ」,「心理学のようなもの」という認識には違和感を感じる。重なる部分や大いに影響を受けている部分があるが,似て非なる部分が多いからである。なぜならば,心理学者と話してみると,コミュニケーション学者とは物事のとらえ方に違いを感じることが多々あるからである。でも,それを高校生や大学生に説明するのは難しい。
しかし,コミュニケーション学科で碌をはむ者としては,その違いを明確に示し,固有の学問としてのコミュニケーション学をアピールしたいと思っている。僕には難しすぎる課題かもしれないが・・・,
学園祭の見回りの仕事があるため,出勤した。文化的な催し物(研究発表など)だけでなく,売店に精を出している学生が多く見受けられた。「今時の学生は・・・」と言いたいところだが,ジツは僕もそんな学生の一人であった。
当時所属していた英語系サークルはかなり堅い出し物(通訳の実演や英語劇など)もしていたのだが,それと同時に出店もしていたのである。1年生の時はおでん,2年生の時はポップコーン,そして3年生の時の駄菓子といった具合である。売り上げを伸ばそうといろいろ考えたりしたものだった。「学生の本分」とは言い難いが,それはそれで得たものは大きかったように思う。未だに覚えているのだから・・・。
そんな理由もあって,学生に勧められるとつい情にほだされてしまうのである。
名古屋(愛知淑徳大学)での日本教育メディア学会大会に参加,発表してきた。ケータイとデジタル・デバイドに関するものだ。論文と違い,口頭発表では時間が限られるため,やや単純化したかたちで伝わることがある。そのためか,議論がかみ合わないところもあった。統計学の説明が不十分だったのかもしれない。
それに加えて,慣れない仕事もあったため,いつもよりも緊張してしまった。どっと疲れた。さて,明後日が締め切りの書類を完成させねば・・・。
2年生と話す機会があった。ゼミ選びにアタマを悩ませている学生が多いとのことであった。大いに結構なことである。授業でも話したが,「どのゼミに入れば正解で,どのゼミに入ったら間違い」ということはない。それぞれのゼミに特徴があるからである。選ぶ際には,自分にあっていると思うゼミを選ぶも良し,自分からそのゼミにあわせようと努力するのもまた良しであると思う。
正解がある問題になれていた学生にとっては,試練なのかもしれない。敢えて言うならば,正解があるのではなく,「正解にする」のである。すなわち,ゼミに入った後の自分自身の努力が大切だと僕は考えている。
という記事がYahooにあった。加齢によって進む以上に脳容積が縮小することで,どのような問題があるのだろうか? 専門的なことは分からないが,容積も大切だが,しわも・・・という話を聞いたことがある。いずれにせよ,酒の量は「ほどほどにしておく」というのが,日本人的な正しい発想なのだろう。
本日が期限だった書類を無事提出した。研究計画に関するものだが,以前ほど練り込んでおらず,自分としては付け焼き刃になってしまったようにも感じる。紀要論文の校正も終えたが(これで校了),どうも今一つ突っ込みが足りないものになってしまった。その理由を考えてみると,以前ほどじっくりと論文を読まなくなっていることがあると思う。もっともっとインプットをしないと・・・・。
表記のとおり,常磐フォーラムに参加してきた。地元企業の方々をお招きして,講演会や懇親会を催すイベントである。懇親会には,一部学生も参加でき,石川ゼミから2名に出席してもらった。そこで,地元企業の方と話すことができるという寸法である。こうしたことは就職に直結するわけではないが,いい機会になったのではなかろうか。
今年も残すところ3ヶ月となった。秋セメの授業も本格化し始めた。明日は,プレゼンテーション技術演習の講義,コミュニケーション基礎演習といったオムニバスの担当日だ。それ以外にも正規の科目もあるし,学会発表もあるし,出張もあるし,さらにもう一つ書類作成の仕事を増やしてしまった。さて,これから早速作業を始めるようにしよう。
アタマの中身ではない。カラダのほうだ。油断していたら,過去の最高体重が目前になっていた。ここでなんとか食い止めねば。運動をしても,以前のようには痩せなくなったような気がする。やはり年齢のせいだろうか。食餌面でもダイエットをした方がいいかもしれないと思い,『いつまでもデブと思うなよ』にも書かれていた豆乳+野菜ジュースダイエットを試しはじめたところだ。 早速,さて,どうなるだろうか・・・。
情報通信学会のモバイル・コミュニケーション研究会に参加してくる。まだまだ勉強しなければならないことが山ほどあると感じる。と思ったら,提出した原稿の校正依頼がくる_| ̄|○ 骨が折れる作業だが,後で面倒なことになるのでしっかりしてやっておかないと・・・。
昨夜はコミュニケーション学科の卒業生(ウチのゼミだけではない)と一席設けた。僕が学生時代に通った松原団地駅近辺の店を選んだ。自分の学生時代の感覚と今の仕事の感覚が入り混じったような不思議な感覚もあった。
話の内容はと言えば,彼らの学生時代の話から,現在の話まで様々だ。仕事については,社会人2年目となって見えてきたこと,大変になったことなどを聞くことができた。広告を作る際の話が面白いと感じると同時に,苦労もしのばれた。それでも,逞しく仕事をしておられるようだ。
さて,最近酒が飲めなくなったような気がする。昨夜も量はそれほどではなかったのだが,酔いが早かった。まぁ無理をして飲む必要もないのだが・・・。
それと,僕にお祝いの品を頂いた。感謝!
FDフォーラムの後,同じ学部の先生と鰻を食べに出かけた。「S」という店だ。水戸市内には名店が多いようで,昨年出かけた「N」とは,また別のおいしさであった。鯉の洗いなどもあり,久しぶりに食べてみようとも思ったが,入りそうにないので今回はやめておいた。鰻は,ちょっと川魚っぽさが残っているような味でそこが良いように思う。ボリュームもなかなかで,満腹になった。個人的好きなのは・・・かな。
大学院時代の後輩の祝宴に出席してきた。そうそうたる方々が出席されていた。最近よく見られる,誕生時の体重と同じ重さの縫いぐるみをご両親に送ったり,キャンドルサービスをしたりといった,所謂「演出」はなかった。その分,別のかたちで出席者に配慮されていた。そこが,実直な彼らしい良い「演出」であったように思う。
宴の間は,隣に座られた大学院時代の先輩の話を聞きながら,刺激を受けていた。心なしか? 最近の僕の「サボり癖」を,チクリとさされたような気もする。今日はこのくらいにして,明日が提出期限の原稿を完成させるとしよう。
すっかり秋の気温になった。このまま続くのだろうか,それてとも,暑さがまたぶり返すのだろうか? 月曜日からは夏合宿が始まる。天気を調べてみると,どうやら涼しくなりそうだ。長袖を用意しておこう。それと,雨が心配だったりするが,こればかりはどうしようもない・・・・。傘の準備もしておいた方が良さそうだ。
昨日,今日と過ごしやすかったため,懸案の原稿を進めることができた。とはいえ,気温は30度近くはあった。猛暑日を過ごしていたためか,30度以下では,涼しく感じてしまうほどである。慣れというのは恐ろしいモノである。
昨夜は人間科学部の先生方(4人)と飲みに出かけた。お酒に強い人ばかりで,同じペースでのんでしまったら,すっかり二日酔い。皆さん,大丈夫だったのだろうか。ちなみに,今日の午後になっても体調が今ひとつであった。それでもやるべきことは,やらなくては・・・・。
学生時代のゼミ卒業生で水戸市内に在住している人達で集まって暑気払いをしてきた。本学の夏季セッション科目を担当していただいたS先生も一緒だ。
食べ物も美味しかったが,お酒も大分飲んだ。それと少々,寝不足気味だ。僕は今日休みだが,仕事もある人達はあれだけ飲んで朝一に出かけるのだから,タフだなと思う。
26日に学生時代の先輩を囲む会に参加してきた。その先輩は,アメリカで学位をとられ,現在はアメリカの大学(リベラルアーツ・カレッジ)で教鞭をとっておられる。精力的に研究をされているお話を伺うことができた。その他にも,高校教員をしながら,大学院で修士をとった方の話,企業での新人教育での苦労談,育て方など,話題は多岐にわたり,楽しく,かつ刺激を受けたひとときであった。
実際に企業で働く人の話を聞いて,わが意を得たりの気分になった。先日のコミュニケーション基礎演習で,「社会人基礎力」(経済産業省)について勉強したことを話したが,その際に述べたとおり「大学で学ぶ基礎知識は,会社での業務に必ずしも直結するわけではない。しかし,学んだ経験は何らかのかたちで役立つ」ことは確かなようだ。
この会で,僕は色々と刺激を受けたが,僕は他の人に刺激を与えられたのだろうか。とりあえずは,日々の仕事をきちんとすることですな。
昨夜は,学科の先生方との暑気払いがあった。僕のお祝いも兼ねており,ご馳走になってしまった。お心遣いに感謝。普段の先生方とはちょっと違ったお姿を見るのもまた楽しかったりする。一部の先生と二次会に行ったのだが,皆さん,お強い。僕は先にギブアップしてしまった。チャンポンがいけなかったのかもしれないが,皆さんもそうだったし・・・。
さぁ,今日は,ゼミの納会だ。
所要で実家に戻っている。昨晩は,また貴重な異文化体験をすることができ,有意義な時間をすごせたように思う。自分とは違ったタイプの人とのコミュニケーションは楽しいものである。とはいえ,全く共通点がないとすれば(まず有り得ないが・・・),コミュニケーションは難しいと思う。Communicationの語源と関連づけて授業で話すことだが,「何が共通していて,何が異なるのか」を知り,共通性を増すことが,コミュニケーションの第一歩であろう。
学内共同研究の打ち合わせがあった。テーマは,e-learningである。メディアと教育という面では,僕の専門に近いようだが,僕が扱っているのは,メディア・リテラシー教育,メディア・コミュニケーションについての教育なので,ちょっと違うのである(大分,違う???)。
よって,他の先生方が話している内容が,分からないことが時々あり,異文化を感じてしまうこともある。不安を感じることもあるが,得ることも多々あるので,とにかく自分が出来ることを最大限行うほかないだろう。
市内の高校で出張講義をしてきた。今までも何度か講演を行ったことがあるが,高校に赴いての模擬授業は初めての経験だ。受講者は,1年生であり,それほど大学受験を意識しているわけではないだろう。しかも,割り当てられた時間は60分間であり,通常の授業時間より長いときている。このような理由から,模擬授業に少々不安もあった。
その割には,及第点の話が出来たように思う。それは,受講していた高校生が積極的に取り組んでくれたことが大きい。高校一年生に,たった一度の60分間で,コミュニケーション学の魅力を伝えられたとは思わないが,少しでも興味を持ってもらえれば幸いである。
しばらく前に,某書店内で店員に間違えられたことを書いた。今日,某ドラッグストアでまた同じ経験をした。とある女性から「化粧品のことで聞きたいことがあるのですが?」と尋ねられた。僕が怪訝な表情(というか,とうしたら良いか分からない表情)をすると,どうやら「男の店員なので分からない」と勘違いされたらしい。なおも,「では分かる店員さんに聞いていただけませんか?」と尋ねてくる。(当たり前だが)全く悪気がないようなので対応に困ったが,柔らかく店員でないことを伝えた。
こんな時,僕は,怒るよりも「なぜ,間違われるのだろう」と考えてしまう性質(たち)である。考えてみるに一つには,ケータイ・ストラップがあるのではないかと思っている。これは,2・3期生との夏合宿でアクアマリンふくしまに行った際に購入した思い出の品だ。これが,一見,名札を下げているように見えるのではないだろうか? でも,店員の人はエプロンをしているし,キチンと名札も下げているし・・・・。
自動車の免許を更新してきた。ちなみにゴールドである。僕は運転が苦手であり,おっかなびっくり運転した結果なので,あまり自慢できるものでもない。とはいえ,無事故無違反に越したことはない(当たり前!)。
名称が,「普通」から「中型」に変わったが,実質的には同じとのことだった。また免許がICカードとなった。実家の父親が,免許を更新した際, ICカードになったことを話していたが,教官の説明によると,今のところ埼玉と茨城だけだと説明を受けた。ちょっと驚きだ。新しい免許にはこれまであった本拠地の記載がなく,8ケタの暗証番号を機械に入力すると表示されるとのことだ。
またパスワードが増えた。金融機関のカードはもちろんのこと,掲示板やブログの管理画面へのログイン,パソコンへのログインなどなど,作業をするにはパスワードがないとできないようになっている。パスワードを全部覚えるのも面倒だが,セキュリティを考えれば致し方のないところである。
情報通信学会に参加してきた。大学院時代の先輩の発表などを聞いて,刺激を受けてきた。しばらく手付かずにしていた原稿に手を入れなければ・・・。でも,レポートに赤を入れたり,マス・コミュニケーション概論,メディア・リテラシー論の中間試験の採点もしなければ・・・。
大学のゼミ在籍中からの友人S君(先生)と同じゼミの後輩Mさんのお祝いの会があり,ゼミ卒業生45名ほどが集まった。途中参加者を入れると,50名を超えていたと思う。二人の人柄もあって,楽しい時間となった。僕がいたゼミは,35年間続いており,当日は17期(僕の代)から33期?までと幅広い年代が集まった。その職種も様々であるだけでなく,お子さんを連れてくる人,連れあいを連れてくる人,また神戸,仙台といった遠距離から足を運んだ人もいた。茨城県で仕事をしている人も数名おり,またの機会に集まろうということになった。
さて,主役へのお祝いはもちろんだが,久方ぶりに集まった仲間たちと,近況報告をしたり,昔話をしたり,他愛のない話をしていると,アっという間に時間が過ぎてしまった。15時からの一次会,18時から二次会,20時から三次会にまで参加し,帰宅したのはほぼ終電であった。我ながらタフだと思うが,恩師(御年63才)も,その全てに参加され,スピーチをなさり,多くの人と語り合い・・・と積極的に動いておられた。あのバイタリティには,驚かされる。
石川ゼミにおいても,現役時はもちろん,卒業後もその関係は続いている。とはいえ,送り出したのは4期生までであり,人数はそれほど多くない。これから卒業生が増えるごとに,その中で新たな人間関係がつくられていくだろう。楽しみである。
MacBookと一緒にコネクタを購入したが,どうやら間違えて買ってしまったようだ。対策を考えないといけない。
さて,明日はゼミ恒例の親睦会でボウリングを行う予定であるが,全く同じ企画をM先生のゼミも計画していたため,急遽,一緒にボウリングをすることになった。先生のボウリングの腕前はなかなかのもののようだ。僕はというと・・・。まぁ,100はいきたいものだ。
Mac Bookを自宅につないで早速、書き込みをしてみた。キーボードにもまだ慣れないが、そのうちにこちらの方が使いやすくなるだろう。といっても、ブログに書き込む内容は変わらないのだが。授業の後は、ソフトのインスロールなどすることが多い。一つ問題なのは、画面を外部出力するために購入したアダプターが、予想外に使えなかったことだ。授業で使うのはもう少し先になりそうだ。
ついに新しいMacを購入した。デスクトップ(iMac)にするか,ノート(Mac Book)にするか,散々悩んだ末,ノートを買った。ちなみにMac Book Airにも興味を引かれたが,あくまでセカンドマシンのように感じたので,今回は取りやめた。でもあの薄さは魅力的だ。
これまで,6台ほどパソコンを買ったが,デスクトップしか使ったことがなかった。そのため,学会発表などの際に困ることもあった。そこで,7代目としてノートにしたのである。Boot Campを使えば,Windows機としても利用できるので便利である。その他,いろいろな機能があるのだが,どの程度,使うだろうか・・・。Time Machine は,非常に便利そうだ。また,デスクトップを使っていたので,自宅では無線Lanを利用してなかった。これらどうしようか・・・・。などろいろいろ考えている。でも,これまでのそれほど用途は変わらなかったりするかもしれない。
ゼミ掲示板の活用が最近とみに少ない。ここ数件を見てみると,現役生よりも卒業生の書き込みの方が多いほどである。卒業生がゼミを気にかけてくださること,誠にうれしいが,現役生がさほど活用していない状況にあるとも言える,
何たること! 「石川ゼミ現役学生は,対面コミュニケーションを重視するので,掲示板でのコミュニケーションは最小限にとどめている」と受け取れなくはないが,少々寂しい気もする。大体,このブログを読んでいるゼミ生はどれほどいるのだろうか?
いろいろな仕事を抱えていたが,本日をもって一区切りつけることができた。十分な内容であったかは自信がないが,大役(少なくとも僕にとっては)を果たすことができ安堵している。
肩の重荷がおりたので,明日のゼミでは,腰を据えて??,3年生の発表にダメ出しができそうだ(笑)。
今日は大切な会議があり,大変な1日であった。夜には大学のゼミの後輩との酒席をもった。会議の疲れと,ここ数日の風邪の影響もあって,お酒のまわりが早かった。そのため,話が脱線することしばしばであったが,有意義かつ楽しいひとときであった(少なくとも僕にとっては)。
大学の後輩と書いたが僕とはだいぶ年が違う。具体的には石川ゼミ2期生の年齢である。つまり,場合によっては,教員と学生の関係となっても不思議はない年齢差だ。当然ながら,同じ時期にゼミに在籍した経験はない。それでも,こうした関係ができていることが面白く思う。
石川ゼミも6期生を迎え,同じ時期にゼミに在籍した経験はない学生同士の関係が生まれつつある(2期生と6期生など)。そうした関係がゼミの中でできれば,指導教員としては非常にうれしい。既に合宿や卒業式などに卒業生に参加いただいているが,こうした関係を広げていくためにも,様々なかたちで参加いただければ幸いである。
高校生以来の友人Y君と会う。高校教員をされているので,近年の進路指導の大変さ(本人は苦労とは思っていないようだったが)などの話を聞いた。トラブルなどもあるようだが,エネルギッシュに活動しておられるようだ。刺激を受けたひとときであった。
彼は高校1年生のときのクラスメイトである。なんと,今のゼミ生が生まれる前からの付き合いということになる。何とも感慨深い(チト大げさ)。
タイトルの意味が分かるだろうか。これは,Unboundの略である。もう少し具体的に書くと,インターネットで購入した洋書の注意書きにあったものだ。この点を見過ごして購入してしまったので,届いた品物を見て,かなり驚いた。
そう「綴じられていない」本なのである。何のためにそのような本が・・・。読んでみると,授業の際には必要なページだけを持って行くことができ便利だということだ。合理主義のアメリカ的な発想だ。
でもやっはり本は綴じられている方が,「本」という感じがして良いと思う。
大学のゼミの同期会がおよそ1年ぶりに開かれた。同期7名+2名の9名が出席してなかなか盛り上がった。友人が結婚し,そのお相手の披露(というと大げさか?)も兼ねた会であった。
卒業して16年もたっているが,これだけの人数が集まるというのは,驚異的だと思う。ウチのゼミ生も卒業後,ちょこちょこ会っているようである。これからも,彼らの関係が続いていくことを願わずにはいられない。自分の経験からもそう思う。
同期会では,それなりの酒量だったのだが,皆鍛えているせいか強い。僕は1人で酔っているようだった。
2008年度第1回目のゼミ,つまり,5期生と6期生によるゼミが始まった。例年オリエンテーションと花見をするのだが,生憎の天気のため花見は中止となった。そこで,僕の気になった新聞記事を全員で読み考える時間を設けた。早稲田大学を定年退職された加藤諦三先生に関する記事だ。
「泥縄」や「自明の理」とはどのような意味か? といった言葉の確認から,書かれている内容についてコミュニケーション学的な考察を行った。やや思弁的な解釈をしてみたが,実証的研究を重んじる僕にしては意外であるとゼミ生は感じたかもしれない。
コミュニケーション学は学際的,すなわち幅広いだけでなく,奥深いものである。そうしたことを知ってはいるものの,理解しているとは言い難い僕にとっての挑戦がまた始まった。
問題解決法(含む履修相談),コミュニケーション基礎演習(自分の担当部分の説明),さらに会議が2つと忙しい1日であった。
明日はゼミ・卒論の授業終了後,花見の予定であるが,天気は今ひとつとなりそうだ。大丈夫だろうか・・・。
今日一日,一年生向けオリエンテーションであった。午前中の構内スタンプラリーは,トラブルもあったが学生は楽しめただろうか。午後は生憎の空模様となったが,ボウリング大会であったため,支障なく終えることができた。
ちなみにタイトルは,僕のスコアである。一ゲーム目は自己ベスト(おそらく)だったが,2ゲーム目は自己ワーストであろう。出入りの激しいスコアである。ふざけてこうなった訳ではない。自己流で投げているので,何故上手くいったのか,何故失敗するのか,自己分析や修正ができないので,こうなってしまったのだと思う。
某先生は,きれいなフォームで投げておられた。以前,ボウリングを習った経験があるとのことであった(スキーなども習っておられる)。そのためか,久方ぶりであった1ゲーム目は調子が今ひとつのようであったが,2ゲーム目は良いスコアを出しておられた。やはり「型」を学ぶことは大切である。
自分も習ってみようかと(ほんのちょっとだけ)思う。ムキになるからこそ,楽しいのである(持論)。とはいえ,遊び心を持って楽しむのも,また大切である。
もっとも新しい卒業生からの書き込みがあった。それぞれの分野で奮闘が始まっている模様で頼もしく感じる。今は研修が本格化し,いろいろと吸収する時期であろう。人生の中で,悩む間もないほど一心不乱に取り組む時期があってもいいと思う。僕の好きな歌にもあるように「今この時が,その時かもしれない」をのがさないことである。
実家に帰って仕事をしている。常磐大学の教員というよりも,石川家の一員として暮らしていjかんじである。そうすると,ちょっと普段を違うもの=異文化を感じている。前者と後者のどちらが異文化なのだろうか???
名言によって励まされることは誰もが一度は経験しているのではなかろうか。名言といっても,偉人によるものだけでなく,市井の人々のことば,小説,場合によっては漫画にも見られる。そうしたものを投稿するサイト「あのひとのセリフ:名言・名セリフ投稿サイト」ができたとのこと。早速見てみる。なかなか面白いもの,懐かしいものが散見される。
大学院生時代に故阿久津先生のアドバイジーとして「コミュニケーション学」を専攻した人たちが集まる機会があった。現在の仕事(大学教員が多い)や大学院時代の話に花が咲いた。18時から始めたのだが,2次会が終わったのは,11時過ぎであった。なんとか,終電ぎりぎりで帰宅できた。
話の流れで「大学新卒の社会人に求める能力は何か?」という話題がでた。参加メンバーの1人,コンサルティング会社を立ち上げた後輩が即答したのは,「コミュニケーション能力」であった。その他にも2,3の能力を上げていたのだが,いの一番に上がったのが,「コミュニケーション能力」であった。大学院で「コミュニケーション学」を専攻した人のことばだけに重みがある。
ここでいうコミュニケーション能力,その他求められる能力について,聞くことができたので,その内容について4月のゼミで話をしたいと思う。
自宅でパソコンにトラブルがあった。復旧したデータをWindows機にコピーしたら,「ウィルス発見」のメッセージがあった。ウィルスバスターが無事駆除してくれたので,一安心したところ,トラブルが・・・。
インターネットもメールもつながらなくなってしまったのである。ADSL回線はつながっている(と思われる)のに,ブラウザやメールソフトを立ち上げてもつながらないのである。ふつうはあり得ないことである。何故だろう? 全く分からなかった。いろいろ2時間くらい作業しても埒があかない。どうしようもなくなって,大学にパソコンを持って行くことにした。大学のサーバーにつながっても上手くいかなければ,それはブラウザの設定の問題,そうでなければADSLの設定の問題と考えたからである。
まずは,同僚の先生(コンピュータがご専門)に尋ねたがどうも理由が分からない。そこで,ついには職員の方のお手を煩わせてしまった。いろいろ調べてくださった。 プロキシの設定(DNSサーバー,サブネットマスクなど)に始まり,接続状況を確かめるためのコマンドまで教えてもらった。自分もそれなりに用語は知っているのだが,それがどのような機能を果たしているのか,何故必要なのかといったことを分かっていないのが,何とも心許ない。だから,トラブルに対処てきないのだ・・・。初めて知ったのは,「アクセサリ」→「コマンドプロンプト」にいき,ipconfigと入力すると接続状況が確認できることだ。
そうこうしているうちに,職員の方が気がついたのは,「ウィルスバスター」の「緊急ロック機能」である。そう,ウィルスを駆除した際に,僕が緊急ロックをかけていたのだ。それで,ブラウザもメールソフトも使えなかったという訳だ。そんな機能があることも全く知らないままに,メッセージをよく読まずに「OK」ボタンを押してしまったのがいけなかった(T_T)。
大山鳴動してネズミ一匹とはまさにこのこと。たったこれだけのことに何時間使ってしまったのだろうか。Window機に慣れていないという理由もあるが,やはり僕はパソコンが苦手である。だからといって,Macを十分使いこないしているわけでもない。
自宅のMacが故障したことを以前書いたが,HDDは無事だったのでなんとかデータが復旧できた。一安心である。
今,家では,緊急避難的にWindows機を使っているが,どうも落ち着かない。コンピュータに問題があるわけでもない(XP機 CPUはpen4,メモリ1G,HDは160G)。僕にとっては十分な環境だが,要は慣れの問題であろう。
この際だから,Wndowsに移行しようか,それともiMacを購入しようか,などと考えている。研究室のMacProにWindowsをインストールしてもよいし(Parallel Desktopは購入済み)。それと,ノートパソコンも買いたいし・・・などと色々考えている。
名古屋への出張の際には,愛知教育大学と名古屋外国語大学の先生のお話を伺ってきた。それぞれのお話から浮かんできたのが,表題である。なんだかんだ言っても,最後はこれである。26日から合宿が始まるが,マンパワーがどのように発揮されるか楽しみである。
共同研究者のお二方との名古屋出張から戻ってきた。他大学(もちろん名古屋市内)の先生のお話を伺うことで,たいへんな刺激になった。
こうした本来の目的に加えて,名古屋名物も食べてきた。昨日書いた「味噌トンカツ」だけでなく,「小倉トースト」,「きしめん」などである。なお,「小倉チーズトースト」もあるらしい。「あんパン」があるのだがら,トーストにあんこを挟んでもおかしくないのであろう。
なんと言っても衝撃的だったのは,「八丁味噌味のソフトクリーム」である。アイス好きとしては,ものは試しと食べてみたのだが・・・。
また,打ち合わせ・研修が予定よりも早く終わったので(手抜きをしたのではない),少々足を伸ばして,名古屋城を観光してきた。昔から歴史的な資料を見るのが,好きなのである。もう少し時間があれば,美術館まで行ってみたかったのだが・・・。取り敢えず,これで,水戸(勤務地),尾張を制覇?したことになる。徳川御三家,
残りは紀伊だけですな。
今日の書き込みだけをみると,遊んできたかのように思われる向きがあるかもしれないが,それはあくまで紙面の関係である。今回の主な収穫については,明日にでも書いてみようと思う。
年度末で何かと忙しい。仕事のメールを毎日,何十通とやりとりしている。こうしたやりとりをするうちに,コミュニケーション学者として感じるのは,メディアの有効利用のあり方である。どうも「便利だから」という理由だけでメールを利用している場合もあるように感じる。ましてや,「便利だから=楽だから」であるとすれば,問題だろう。
コミュニケーション学的には,(授業でもよく言うが)その目的にあわせてメディアを選択することが重要なのである。例えば,「~の目的のためにはメールが,~の目的のためには対面コミュニケーションが・・・」といった具合である。その選択を誤るとコミュニケーション・ブレイクダウンが起こりかねない。これは,基本中の基本である。
「メディアの選択から始めてはならない」とは大学院生時代に学んだことである。分かってはいるのだが,どうも便利さにかまけてメールを使っていることがあるように思われる(自戒を込めて)。十分気をつけねばならない。
自宅のMacを修理に出している。その間,Windows機で仕事をしている。僕は,それほどコンピュータを使いこなしている訳ではない。よって,MacでもWindowsでも良いと言えば良いのだが,やはり使い慣れたMacに魅力を感じてしまう。
ところで,Macの修理代が思ったよりかかることが判明した。そこで,新しいものに買い換えようかと迷っている。重要なデータはすべてバックアップをとっているので,それほど問題はないからだ。とはいえ,バックアップをとっていなかったデータもあり,どうしようかと迷ってしまう。金額だけを考えれば,買い換えるべきなのだが・・・。
学生時代の恩師のお宅にお邪魔した。新年会と言うことで,しこたま飲み,ごちそうになった。学生時代に戻っていろいろな話をうかがった。ビール,シャンパン,日本酒,そしてウィスキーまでごちそうになってしまった。これだけ,チャンポンしても悪酔いしなかったのは,良いお酒だったからだろう。福島の酒をお燗したものを頂いたのだが,大変美味しかった。やはり,良い酒を飲んでおいた方がいい。
木曜日は,ゼミの親睦会(新年会)である。兼,4年生卒論提出お疲れさま会(卒論合格の会ではない!)にもなっている。今度は,教員として学生といろいろな話ができるのが楽しみだ。
2008年が明けた。近所で初詣をして,箱根駅伝を視て,という典型的な寝正月をすごした。昨年中に,シラバスは書き終え,次週の授業準備も終え,定期試験の問題もほぼ完成しているので,のんびりと過ごしている。とはいえ,一抹の不安もあるので,そろそろ,見直しを始めようか・・・。
このブログを見ているであろう4年生へ。卒論の進み具合はどうだろうか。一度,気持ちが切れると,元に戻すのが難しいので,毎日少しでも,論文作成の時間を割いてもらいたい。
2007年も,今日で終わりですな。毎年,毎年,一年がたつのが早くなっているように感じる。
さて,昨夜,高校以来の友人と会って,ささやかな忘年会をした。彼は,現在高校の教員をされているが,やはり大変そうだ。進学指導はもちろんだが,学校説明会などの様々な仕事があるらしい。それでも,授業準備は念入りに行っているとのこと。話を聞いたところ,かなり緻密なものらしい。「粘着質(失礼!)」と言えるほどに感じた。
僕といえば,次年度のシラバスをほぼ書き終えた。内容を変更したり,教える順序を入れ替えたりなど,それなりに手を加えている。それだけでなく,彼を見習って準備を念入りにしておかねばならないが,大晦日,元旦くらいは忘れようと思う。
初めて卒業生と忘年会をした。集まったのは,石川ゼミのOB1人と他ゼミOG2人に僕を加えた4人である。いろいろな話に花が咲いたが,卒業すると,話も内容も変わってくるものだ(お酒のせいで,忘れていることもあり)。新卒1年目ということで,まだまだ余裕はないようだが,それぞれが逞しく生きているようであった。
在学時の話はもちろんのことだが,他の学生の近況を聞くこともできた。学生時代からの人間関係が続いているのは,良いことである。これは,自分の経験からも言える。
また,話に上がったのは,「大学時代の先生と,お酒を飲みに行く」と会社の人に話したら,「何故?」と聞かれたということだ。大規模大学では,こうした関係を作りづらいのかもしれない。小規模大学ならではの良さがあるということであろう。
ところで,例によって,少々飲みすぎてしまったのは,言うまでもない。彼らは大丈夫だろうか?
今年最後の出勤をした。ゼミ生が卒論を書くために,大学に来ていたからだ。論文の一部を見たのだが,まだまだ手直しする必要がありそうだ。今年は,指導が甘かったからかもしれない。取り敢えず,メールでコメントを返しておいた。
提出期限にはまだ時間があるので,正月返上で頑張ってもらいたい。僕もそうしなければならないけれども・・・。
今日で「オフィシャルな意味で」仕事納めとなった。しかしながら,かたちに表れない仕事が残っている。授業外の卒論指導はもちろんだが,書類を書いたり,論文を仕上げたりもしなければならない。でも,ついつい逃避して,今すぐにしなくても良い仕事(来年度の授業準備など)をしてしまう。こうした点は,学生と似たようなものかもしれない・・・。
という記事があった。http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/science/sleep_and_health/?1197985434
僕は,長生きできそうだ。「世の中に寝るほど楽はなかりけり,浮き世の馬鹿は起きて働け」という川柳もあることだし・・・。
15日,所要で出かけた。新越谷駅で,乗り換え電車を待っていると,ホームに若いサラリーマンが・・・。見慣れた顔だった。そう,この3月に卒業したゼミOBであった。
先日,年末に忘年会をする連絡を取ったばかりの彼と,偶然出くわしたのだった。話を聞くと,ボーナスが出たので,飲みに行った帰りとのこと。卒業生同士,連絡を取り合っていることも聞けた。今度の忘年会が楽しみである。
12月に入った。1年なんて早いものだ。忘年会の誘いもチラホラ入ってくる。忘年会を楽しみ,さらに正月をのんびり過ごすために,ここで,一踏ん張りして仕事をかたづけておこう。卒論の指導もしなければならないし・・・・。
追伸 ちょっとイメチェンしてみた(失敗かも?)。どの位の学生が気づくだろうか。
ホーム・カミングをしてきた。母校に遊びに行ってきたのである。こういった場があるのは,ありがたいことだ。ついでながら,学生から「先生」ではなく「さん」と呼ばれるのも久しぶりで,新鮮ですらあった。
一方,石川ゼミ卒業生から飲みのお誘いをもらった。出先にいたため参加できなかったのだが,どんなメンバーが集まったのだろうか? 卒業生のホーム・カミングはいつでも歓迎するので,また連絡をもらえればと思う。
季節はずれの大型連休が始まった。本学の都合から,21日(水)から5連休となった。昨日は,卒論指導に時間がかかり,あまり休みという感じではなかった。「今日から」連休開始というところだ。
では何をするかというと・・・。論文を今月中に提出する,メディア・コミュニケーション論の中間試験採点を終わらせる。その他諸々,サボってきたツケを払わねばならない。とはいえ,気分転換もしたいところだ。
今日は5年ぶりに,ある場所に顔を出してくる。ゼミ掲示板に,それをにおわせる書き込みがあった。ゼミ生諸君は,あの書き込みをした方がどなたか分かっているのだろうか・・・。
学内でインフルエンザの予防接種を受けた。ゼミ生が卒論に追われる毎日,自分が倒れるわけにはいかないのである。 予防接種を受けるのは,いつ以来だろうか? 小学生以来かもしれない。
ここ数年も大学から案内はあったのだが,スルーしていた。「何とかなるだろう」と考えていたし,実際,インフルエンザにもかからなかったので・・・。でも数日前のインフルエンザの報道を見て心配になったことと,N先生からの「受けた方が良い」とのお勧めもあり,予防接種を受けたのである,
ところで,小学生の頃は,鉄砲注射なんてものがあったなぁ。
ゼミHPのヒット数が15000を超えた。ゆっくりとだが,着実にヒット数が増えている。これまでHPを作成してきた歴代HP係,それに協力してきたゼミ生諸氏,それを見てきた学生,このブログを楽しみに HPを見ている人(もしかしたらいるかもしれない)に感謝!
県内の某小学校で「ケータイとコミュニケーションの問題を考える」という演題で講演を行ってきた。茨城交通湊線を利用したのも初めてなら,幅広い層の人を対象にしたのも初めてだ。小学生だけでなく,市内の教職員,保護者,地域の民生委員といった方々だ。年齢層は,10歳から70歳位であろうか,職種も様々であろう。
そうした方々に話をするのは難しいが,良い経験になった。なんてことを考えながら,大学に戻ると,一人の学生が駆け寄ってきた。「今日の講演会の参加者に彼のお母様がいらした」とのことだ。「面白かった」と仰っていたとのこと。ちょっと,ホッとした。世間は狭いモノである。
思うに,彼にはケータイで連絡をされたのであろう。今日の演題を象徴するようで,何となく面白い。
仕事もあって,学園祭に顔を出してきた。学生諸氏の普段とは違った姿を見ることは楽しいものだ。特に面白いのは,意外な人間関係が見られることだ。例えば,「ある4年生X君とある1年生Y君がサークルを通じての先輩後輩の関係にある」といった具合だ。こうした関係は授業では見えてこない。
学園祭のメインは各種の発表にあることは間違いないが,模擬店も重要な要素だったりする。学生時代を振り返っても,当時所属した英語系クラブは,発表と模擬店を同時に行うという忙しいものであった。発表も模擬店も想い出になっているが,模擬店での苦労?は,鮮明に残っている。
そんなこともあって,学生から「買ってください」と言われると,ついつい買ってしまうのだ。こんなことを書くと,「ウチでは買ってくれませんでした」というクレームがくるかもしれないが・・・。ついでに書くと,模擬店の前を通る僕を見る学生の眼は,「獲物を見つけたそれ」だったりする(笑)。
10月1日,郵政民営化の記念切手を購入した。2種類あるとのことなので,両方をとりあえず買っておいた(僕は,「とりあえず」という言葉がキライなのだが)。これらが将来価値が出るかと言えば,それはないだろう。あまりにも多くが流通しているからだ。つまり希少価値がないことになる。それでも購入したのには訳がある。
子ども(小学校3〜4年生)の頃,切手を集めていたことが頭に浮かんだからだ。当時,どこからか,切手収集は「趣味の王様」ということを聞きつけ,切手カタログを購入し,それを参考に近所の切手屋(専門店)に買いに行っていた。さらには,わざわざ切手用アルバム(ストックブックではなく,本格的なアルバム)を買って,綺麗に綴じていた。しかしながら,直ぐに飽きてしまった。当時集めた切手は何処にいってしまったのだろうか。
昨日買った切手はなくさないようにしよう。もしかしたら,遠い将来(例えば,1000年後)価値が出るかもしれないから。
「夏の終わり」から「秋の気配」の季節が好きだったりする。本来もっと以前の季節なのだが,数日前は30度を超え週末はすっかり涼しくなったこの数日が,この季節に当たるような気がする。こんなとりとめもないことを,「雨の降る日に」考えてしまった。ところで,このタイトルの意味が分かる学生はいるだろうか?
オレンジデイズの再放送を見ていた。面白いドラマだと思う。何が面白いのかと考えると,自分がついつい大学生の視点で見ていることに気がついた。自分は,教員なのだが・・・。大学生が羨ましくなったりする。
という記事をネット上で見つけた。タイトルだけだと,一見,眉唾ものだが,Journal of Personality and Social Psychologyという学術雑誌に掲載された論文らしい。門外漢の僕でも知っている社会心理学の専門誌なので,キチンとした研究なのだろう。一度,読んでみたいものだ。
iPodの調子が悪い。携帯型のHDとして使っているが,データが消えたりしている。壊れたのか? データのBack Upはしているのだが,かなり困った。何とか修復できないものか,いろいろ当たっている。長時間USB接続をしたまま置いてしまったのが,いけなかったようだ。
ところで,タイトルを「iPod!」としたのは,「iPod!逆さにしてもiPod!」という川柳?にちなんだものである。単純といえば単純だが,よく思いついた人がいたものだ・・・。
同僚の先生と水戸市内では有名な鰻屋「ぬりや」で食事をしてきた。鰻は好物の1つだったりする。確かに美味しかった。値段も少々張るが,バカ高いものではないし,それに見合った味だったように思う。
ゼミの親睦会で行くのは難しいので,また別の機会を設けて食べに行きたいものだ。
本日のオープンキャンパスでは,学科説明役を仰せつかった。コミュニケーション学科の魅力を十分に伝えられたのか心許ないが,参加者にとって意味のあるものになるようしたつもりた。
さて,こうした説明をするにあたって問題になるのは,「コミュニケーションとは何か」といいう問題だ。以前も書いたが,深淵な問題である。この問題を何処まで追求し,コミュニケーション学の魅力をどう学生に伝えていくもかが,僕が一生追い求めていくテーマなのだと思う。終了後は,会議と忙しい一日であった。
本学で行われた学会に参加した。会員ではないのだが,大学院時代の後輩が発表すること,共同研究者の先生が関わったいることの2つの理由から参加したのである。後輩もいろいろ忙しそうであったが,頑張っているようで何よりだった。良い刺激になった。最近サボり気味だった,論文を書き進めないと・・・。
春セメに実施した調査のデータを分析している。今回はやや探索的であり(もちろん,研究目的は明確にしてある),いろいろな分析を試している。そうした探索的な調査項目の1つに「ケータイに諸機能をどの程度利用しているか」がある。「よく利用している」から「全く利用しない」の5段階尺度で測定したが,間隔尺度と見なすことは到底できない。そこで,ノンパラメトリックの検定が必要となってくる。
今まで使ったことのあるノンパラ検定といえば,χ2検定やメディアン検定くらいであった。順位相関など勉強はしたが,実際の研究で使ったことはない。今回は少々勉強して,他の検定を行うことにした。その結果,面白い発見があった。いずれ紹介することにしたい。
春セメ中に実施した調査のデータを入力している。330人位の内,300名ほど入力が終わった。所要時間は,6時間強といったところだ。明日中には終わるはずである。なんだかんだいって,入力作業は面倒である。次回からは,学生にアルバイトをお願いできるといいのだけれども・・・。
ゼミ掲示板にOGからの書き込みがあった。異文化間コミュニケーション(国内ではあるが,大阪は茨城から見て,広義の異文化と捉えて良い思う)を実践している様子が見て取れた。さらには,様々な年代の人といろいろな話をしていると聞き及んでいる。そうした意味では,地域,年齢といった2つの要因が異なるなかでの異文化間コミュニケーションを実践し,「逞しく」頑張っているようで何よりである。
やはり,卒業生の書き込みは嬉しい。現役学生にとっても刺激にもなる。他の卒業生の書き込みも歓迎したい。
授業情報のページを更新した。単に文字で打つだけでなく,ロゴを使って見栄えの良いものにしたのである。そこで,トラブルが生じた。gifファイルのロゴをセーブする際に,ビルダーが適当に付けた「logo1.gif」といった名称をそのままにしていたために,後で修正をした際に問題が生じたのである。例えば,「問題解決法」というロゴを当初,「logo1.gif」という名称でセーブした後,削除訂正したとする。その後「マス・コミュニケーション概論」というロゴを作成する際に,割り当てられた「logo1.gif」という名称のママ,上書きしていたわけだ。それでは,トラブルが起こるわけである。メディア表現学コースの学生に話すと,大笑いされそうなレベルの低い話である(コミュニケーション学コースの学生にも笑われるかも)。
深く考えずに作業していたため,こんな初歩的なことに気づかなかった。分かったのは,「個々のgifファイルにキチンと名前を割り振っておけば良かった」ということだ。たったこれだけのことに気づくのに,何度も作業を繰り返し,結構な時間を食ってしまった。牛歩で学んでいると言えばやや聞こえはよいが,全く無駄な時間を使ってしまったと思う。
現在,「メディア・リテラシー論」では,「メディア制作によるリテラシーの育成」の重要性を指摘しているが,この件によって,リテラシーが身についたと言えるのだろうか。答えは「否」である。なぜならば,これは初歩の初歩たる「常識」を知っただけで,リテラシー以前の問題だと思えるからだ。いや,制作を少しでも学んだ経験のある人にとっては,常識以前の問題かもしれない。
僕の場合は,全くの独学で始めたからこうなったのであって,キチンと学んでいれば,問題なく次の作業に進めたはずである。また,今回得た知識が,試行錯誤によって身につけるべきものとも思えない。よって,「全く無駄な時間」と表現したわけだ。
今回の場合,それなりに達成感があったが,それは「受け手を意識した上での制作の楽しさ」を知ったからではなく,「作業という行為自体に満足」を感じたに過ぎない。それでは,メディア・リテラシーが身についたとは言えないだろう。メディア制作によるメディア・リテラシーの育成のためには,ある一定の技術が必要なことは,今回の経験で分かった。しかしながら,技術の習得自体を目的としてはならないことは確かであろう。
昨夜は大学のゼミの同期会に出てきた。銀座(飲み放題)で4時間も話し込んでいた(もっとも,最後のほうは僕は寝ていたが・・・)。それなりの量を飲んだように思う。
何をそんなに話すのかと言えば,最近,転職した同期の話であったり,仕事の話だったり,学生時代の話だったり,最近買ったゲームの話だったりする。真面目な話もあるが,他愛のない話がほとんどだ。大学を卒業して十数年になるが,学生時代からの交流は今も続いている。
これは,僕がゼミを立ち上げた時の基本にもなっている。先日,ゼミの3期卒業生と会ったときに,勤務地が近いもの同士で集まったり,出張の際には声をかけて会ったりしていると聞いた。彼らも,この先もこうした関係を続けてもらいたいものである。
3期生(と彼の友人)が水戸に来ているということで,一献。久しぶりに無理をした。酒量はそれほどでもなかったが,ほぼ徹夜だ。いろいろと話は尽きなかった。同期生ともやりとりがあるとのことで,何よりだ。機会があれば,他の卒業生とも一献やりたいものだ。
ところで,先日の親睦会後の二次会ほど体力的にきつく感じなかったのは,何故だろうか?
ハマっていたドラマの最終回を見た。昼ドラって,あんな感じで終わるのが定番だと分かってはいるのだが,つい見てしまう。昨日,研究室に来た学生に話したのだが,「昼ドラは,最終回の1回前がピーク」だと思う。
茨城県教育研修センターで,情報モラルをテーマとして講義をしてきた。特にケータイ・コミュニケーションの視点から話をしてきた。対象は,情報教育(特に情報モラル)を研究しておられる県内の先生方だ。こうした方々を前にして,緊張してしまった。
僕の専門は,メディア・コミュニケーション学であり,情報教育ではない。とはいえ,このテーマを扱っていると,自ずとメディア・リテラシーや情報モラルの問題は看過できない(本学で担当している「メディア・リテラシー論」でも,情報モラルの問題に多少なりとも触れている)。こうした理由から,僕が講師としてお声がかかったようである。
「限られた時間のなかで,いかに効果的に伝えるか」というのは本当に難しい問題である。ゼミ生には常々言っているが,「限られた時間で伝える方が,長い時間をかけるよりも,難しい」のである。
例えば,普段の授業において,話している内容が学生に理解しにくいようであれば,説明を長くして,次回に延ばすこともできる。しかしながら,一発勝負の講義では,それができない。また,一度しか機会がないとすれば,限られた時間のなかで多くのことを伝えたいと考えるのが人情でもある。
今回の場合は,内容を盛り込みすぎ,消化不良になってしまったように感じる。自分ばかりが話してしまい,先生方のご意見を伺うことがほとんどできなかった。反省しきりである。
話は変わるようだが,ゼミの4年生から「就職活動で,面接が上手くいかない」とよく聞く。その理由を,今回の経験から考えてみると,「限られた面接時間で,いかに自分のアピールポイントを伝えるか」を重視すべきところを,「限られた時間で,いかに自分の全てを伝えるか」と考えてしまうからではないだろうか。「なるべく多くを伝えたい」と考えてしまうことは重々承知だが,やはり,「ポイントを絞れ」と言いたい。
頭では分かっていても,そうはいかないのがこ「一発勝負」であるが故なのであろう。今日の講義からすると,僕も学生に対して,偉そうなことは言えないなぁ。とかく,一発勝負とは難しいものである。
水曜日に仕事が入っている。準備は進んでいるのだが,どうも,今ひとつ集中しきれない。ついつい,研究室の掃除をしたりしてしまう。余談だが,あの立花隆氏も原稿〆切近くになると,部屋の模様替えをしたりするそうだ。今日は,HPの「担当科目ページ」を作ってしまった(リンクを貼り,アップする作業はしていない)。
以前書いたように,現在のゼミHPはタグ打ちで作られているため,僕は手が出せない。とはいえ,授業のシラバスや期末試験情報などは,学生に任せるわけにいかない。そこで,「担当科目情報」のページだけは,僕がつくり管理することにしたのである。こう決めたものの,しばらく手つかずであった。
別に今でなくても良いのだが,ついついやってしまうんだなぁ。まぁ,必要な作業なので,無駄ではないのだが・・・。もう少し要領よくできる気がしてならない。前も同じようなことを書いた気がする。
金曜日には,高校生を対象とした学科の説明会があった。持ち時間は10分である。時間が短いのに加え,他の学科の説明等があるため,コミュニケーション学科の説明開始は,スタートから40分後というものであった。高校の授業時間は50分であろうから,おそらく彼らの集中力が切れはじめる頃に,説明を始めることになる。
どの程度,上手く伝えられたか不安は残るが,職員の方からは「わかりやすかった」と言って貰えた。お世辞だとは分かってはいるが,やはり嬉しいものである。
海外で起業し活躍されているゼミの先輩を囲む会に参加してきた。 僕が卒業したゼミは,34年目(多分)を迎え350名も卒業生(現役生を含む?)がいるらしい。そうした人達が様々なかたちで交流がある。
今回の参加者は,10名ほどとこじんまりとしたものだったが,その分,いろいろな話をうかがうことができた。トピックは,先輩での仕事ぶり(日本では想像もできない!)であったり,家庭のことであったりと(40代にしてお孫さんがいる方も!),様々であった。ほとんどの方が,自分より年長者なので,また楽しい経験であった。
Yahoo上にこんな記事があった。<休肝日>多ければ死亡率低下 厚労省研究班 4月6日20時33分配信 毎日新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070406-00000089-mai-soci
飲酒の習慣がある約3万2000人のうち、追跡調査期間中に死亡した約3900人について、「週1〜4日飲酒する」グループ、「週5〜7日飲酒する」グループとに分けて比較した結果らしい。
1週間あたりのエタノール摂取量が300グラム(毎日日本酒2〜3合)以上になると、同じエタノール摂取量でも休肝日なしのグループの方が、休肝日ありのグループより死亡率が大幅に上がるのだそうだ。しかも, これは,年齢や喫煙習慣、肥満度などの変数を統制しても,同様とのことだ。
休肝日をもうけて,長生きせねば・・・
新入生との交流会,面談,学内ツアーといったオリエンテーションを行った。アドバイジーの学生とも話すことができた。毎年のことだが,個性的な学生が入ってきており楽しみである。
交流会で,僕の自己紹介の時間もあったのだが,けんもほろろに終えてしまったので(学生と話す時間を取るため,と言い訳),なんと自分の専門領域を説明するのを忘れてしまった。新入生は,「教員」であることを覚えてくれただろうが,「何の」教員であるのかは,認識していないわけだ。まぁ,来週から授業(「マス・コミュニケーション概論」)がはじまるので,自然と彼らに分かってもらえるはずだが。
2年生を対象としたアドバイザー面談を行った。1年前のこのブログでは,彼らに対して「まだ高校生だな」との印象を持ったことを記したが,今日の面談では,「大学生らしく」なってきた姿が見て取れた。喜ばしいことだ。
いや,あくまで「大学生らしい」のであって。「大学生」ではないのかもしれない。これから彼らが,どのように成長し,「大学生」になっていくのか,見守っていきたいし,その手助けをしたいとも思う。
明日は,新入生アドバイジーとの面談がある。楽しみである。
茨城県立歴史観の「すもう今昔」を見てきた。谷風の手形・足形, 稲妻や常陸山,男女の川の化粧まわし等なかなか面白く,本まで買ってしまった。角聖常陸山が茨城(水戸)出身なのは知っていたが,男女の川が茨城出身とは知らなかった。
実は僕は,格闘技やスポーツ(といっても野球が主で,サッカーはあまり興味がない)が好きなのだが,その歴史についても興味があるのだ。例えば,プロレスの歴代NWAチャンプであるとか,野球の各種通算記録であるとか,結構知っているのだ。これはちょっとした趣味と言えるが,学生との会話のネタにはならないだろうな。
入試(B方式)のために,出勤した。昨夜,友人H君と後輩M君にも電話で話したのだが,この仕事もいろいろと忙しいのだ。とにあれ,受験生の皆さん,お疲れ様でした。
気がつけばもう3月,新学期が目前に迫ってきた。研究のアイディアをまとめねばならないし,仕事もあるし,授業準備もしなければならないし・・・。こんなことを書くヒマがあれば,それをすればいいのだが。
今年度をもって定年退職なさるA先生の最終講義が行われた。僕も出席したのだが,非常にためになる話をうかがうことができた。その内容を十分に表現できないのがもどかしいが,何と言おうか,「人生経験のある方の凄み」を感じたのである。
キーワードを挙げるとすれば,「与えられた仕事をに対して,即,できないとは決して言うな」「リーダーは迷った姿を見せてはならない」「不満を次へのステップへつなげろ」「幸運の女神には後ろ髪がない」,そして「教師は教えすぎてはならない」ことであろうか。メモを取っていなかったので,幾分,不確かなところがあり,A先生の意図するところとは違った解釈をしているかもしれない。とにあれ,我が意を得たりと思うお話と,反省すべきお話があり,誠に有意義であった。
そしてもう一つ感じたこと。それは,今のA先生のお考えや生き方の基礎となっているのは「学生時代の経験」ということだ。僕自身としても学生時代の部活やゼミ活動での経験は大きいものであった。学生諸君は,充実した大学生活を送り「自己形成」をしてもらいたい。そのために,及ばずながら力を尽くしたいと思う(ちょっとキザですが・・・)。
大学でのグループウェア講習会に出て,操作の演習を行った。自分のスケジュールなど個人のデータの管理に加えて,学内での情報のやりとりなどコミュニケーションツールとしても,確かに便利である。とはいえ,個人のデータを逐次入力しておかねばならない点が,チト面倒だ。
双方向性を持ったメディアの普及に当たっては,「イノベーション普及学」でいう「臨界点」が問題となる。採用者がある程度増えると爆発的に普及するというものである。ケータイがその例だ。その反面,ある程度までいかないうちは,コミュニケーションする相手がいないために,普及しないのである。このメディアは,どの程度,普及するであろうか。自分が「イノベーター」となって頑張るのは無理にしても(機械が苦手なので),「アーリーアダプター」にはなって普及に貢献したいと思う。
このところ,HPのカウンタ伸びがバカに早い。試験期間中などは,多くの学生がアクセスするのだが,今は休み中だ。何が起こっているのだろうか? 受験生が見ているのならば有り難いことなのだが,先日終わったばかりであるし・・・。
この年齢になっても,子どもの頃からの性格がなおらない。どうも優柔不断になってしまう。自分では改めたつもりなのだが,重要な決めごとに対しては,どうしてもそうなってしまう。特に成績を出すときなどがそうだ。提出期限が迫っている・・・。
昨日,ゼミHPのカウンター11111をゲットした人がいたとのこと。考えてみると,11109番だろうが,11110番だろうが,11111番だろうが,それをゲットする確率は,11111分の1に過ぎない。でもこう言ってしまうのは,野暮というものだろう。揃いの番号やキリ番に価値をを感じてしまうのが,人情の機敏というものなのだろう。
今日,水戸に戻ってきた。年賀状をみてみると,数名ほど出してなかった方からのものがあった。また,ゼミ生や卒業生からも頂いた。遅くなりましたが,必ず返事は出します(お年玉つきです!)。年賀状を下さった方,ありがとうございました。
友人U君(2006.4.10「同時並行処理」で,少々名前を出した方)からの年賀状には,ゼミHPやブログを時々みているとの旨が書かれていた。さらに内容を充実しなければならない。
2007年最初の書き込みである。掲示板には,既に卒業生とゼミ生による書き込みがあった。特に,卒業生からの言葉は,ありがたい限りである。
僕としては,もう少し正月気分でいたいのだが,そうすると社会復帰(?)が困難になってしまうので,仕事に取り掛かっている。卒論を見る立場としては,そうそう休んでもいられないのである。4年生は卒業論文作成に向けて,ラストスパートを図っていることだろう。くれぐれも体調にだけは気をつけるように。
29日に,急遽,忘年会に参加した。恩師と大学時代の友人との3人でしこたま飲み,終電でなんとか帰れた次第である。今年は,割と忘年会が多かったと思う。
さてさて,あと数時間で2006年も終わる。ゼミ生の皆さん,良いお年を!
最近,部屋の掃除が手抜きぎみだったので,隅々までキレイにしようと力を入れた。凝り性のためか,普段気留めなかった汚れが気になって仕方ない。そこで,1時半過ぎに掃除を始めた。カーテンをはずし洗濯し,窓ガラスを拭き,パソコンのコードを全てはずして後ろを掃除し,さらにキッチン周りに冷蔵庫,押し入れの整理,風呂の掃除にトイレの掃除などなど,全てが終わったのが,6時近くである。4時間も掃除をしていた。それでも,まだ気になるところは残っている。ちなみに,普段,そんなに汚くしているわけではない。念入りに掃除しただけである。
あとは,「クリスマスの約束」をみるだけですな。
今日も2人の卒論を見た。なんとか形になりそうだ。彼らの最後の追い込みに期待したい。ここまで来たら,体調を崩さないこと,仲間と協力し合うこと,そして,知力の限りを尽くすことが大事だ。この順番は,影響を受けた先生の1人であり,学部,大学院の先輩でもあるS先生の教えに従っている。その通りだと思う。
さて,僕はといえば,年賀状も書かねばならないし,自分の論文の校正もしなければならない,期末試験の問題も作らなければならないし,来年度のシラバスも書かねばならない,部屋の大掃除もしなければ・・・。あと幾つすべきことがあるのだろう。
12/21にゼミ忘年会,12/22の実習,そして今日のセンター入試説明会をもって,オフィシャルには仕事納めとなる。
今年最後のゼミでは,就職対策として,4年生全員に就職体験を語ってもらった。なかなか良い企画だったと思う。忘年会では,毎度のごとく深酒してしまった。二次会では,N先生のゼミと合流して,また楽しいものがあった。ちょっと無理をしてしまったのか,少々風邪をひいてしまった。
22日の授業は何とか切り抜けたが,その後は家でダウン。早めに休んだのが良かったのか,何とか持ち直して,センター入試説明会(長時間)も乗り越えた。ひと段落ついた。
これで安心してはいられない。ダウンしたために,ゼミ生の卒論を見られたなった。後日に持ち越しになってしまった。それとは別に,先日投稿した論文の初稿が帰ってきた。これも,やらねば。
本学出身の西武ライオンズ小野寺投手と阪神タイガース久保田投手がトークショーのために来学した。丁度,空き時間だったので,見に行った。司会の方があまり野球に詳しくないようで,ツッコミにやや物足りない部分もあったが,所々でプロで生きる者の凄味を感じることのできたトークショーであった。ついでにサインもGetしたので,研究室に飾っておこう。
学生時代の先輩で,現在はアメリカの大学で教鞭をとられているKさんを交えた忘年会にいってきた。最近,学生時代の仲間と飲むときは,自分が最高学年になることが多いのだが,久しぶりに後輩気分を味わった。「オイ,○○(当時のあだ名))」等と呼ばれるのも,また楽しい。有楽町で飲み,さらに二次会へ,さらにタクシーで埼玉に向かい,三次会,そして始発で帰宅,と久しぶりに無茶をした。少々こたえたが,年に一度くらいは,こんなことをしても良いと思う。今週のゼミ納会では,こんなことはしないので,ご安心あれ。
昨日は初の試みとして,水戸在住の僕の後輩(2人)とゼミ生有志(2人)とで,忘年会を行った。後輩の1人の勤務先がゼミ生の就職先であることがその理由である。それぞれが異なる文化をもつことから,どうなるかと思った部分もあったのだが,上手くいったと思う。
唯一失敗したのは,僕が飲み過ぎたくらいのことである。
ここ数日,卒論指導でいろいろな学生の相談を受けている。実験の者,調査の者,文献による研究の者,先行研究を洗っている段階の者,調査票を作成中の者,分析に入っている者・・・。混乱しそうだ! それでも,個別に対応しなければならない。少々古い表現だが,「聖徳太子じゃないんだから」と言いたくなってしまうが,卒業研究に本腰を入れてきた証拠として,好意的に受け止めている。12月後半が胸突き八丁ですね。
この話は昭和33年を題材にしている。当時の風景などは,全てCGによって再現されていた。機関車やトロリーバスはもちろん,当時の銀座の風景等もCG化されていた。現在の技術はかなり進んでいるのだろうが,一目でCGか否か分かる。人間の目ってたいしたものだなと思う。
それと共に,昔のありふれた風景を再現するために,最新の技術を使わねばならないことに,なんとなくアイロニーを感じてしまう。
ちなみにオート三輪があんなに小さいとは初めて知った。
一昨日録画した「ALWAYS三丁目の夕日」を観た。話題になった映画だったからではなく,昔からマンガ版が好きだったからである。実は,中学生の頃から,西岸良平作品のファンである(マニアというほどのものではない)。なので,映画版の各シーンを観ると,オリジナル版のどの話か分かったほどだ。
マンガ版は,独特の絵柄はもちろんのこと,内容の深さも面白い(彼の昔の短編にはそうした傾向が強かったが,最近は薄れたような気もする・・・)。映画には,マンガ版とは異なる設定もそれなりに楽しめた。また,ラストシーンも,途中で「読めて」しまったのだが,それはそれで面白かった。 やはり「日本人ウケする設定」ってあるのだなぁ,と思う。
12月に入り「忠臣蔵」の季節となった。あれぞまさしく「日本人ウケする設定」である。日本人のコミュニケーション・パターンを知るにも言い教材だと思う。学生諸君も観てもらいたい,
新ゼミ生歓迎会を行った。ノンアルコール(僕を除く)であったが,それはそれで,楽しんでいたようだ。2年生には「4年生10人の名前を覚える」よう課題を出したが,どうだったろうか。一度会うだけで,全員の名を覚えるのは,難しいはずだ。でも,名前を覚えようとして,いろいろな人とコミュニケーションを図ろうとする姿勢が大切なのである。
ハプニングとしては,卒業生,前ゼミ長のKさんと,偶然,同じ店で出くわしだことがある。いろいろと大変そうだが,持ち前の「天然ぶり?」で乗り越えようとしている姿を見ることができ,嬉しかった。僕の恩師は「ゼミの卒業生は宝です」と仰るが,その心境が分かってきた。毎年,年賀状を下さる方,掲示板に書き込みをして下さる方,このブログにコメントを下さる方,などなど,忙しい合間を縫っての言葉には,「ありがたい」と言うほか表現が見つからない。
さて,もう12月になった。4年生は卒業論文の完成と就職先の研修,3年生はゼミ運営と就職活動とそれぞれ忙しい時期に入る。これは,学生であるかぎり通らねばならない道であり,卒業生もこれをくぐり抜けてきた。現役学生も,1人1人が力をつけて,乗り越えていって欲しい。
そして,2年生へ。時間があれば,授業や親睦会へ参加してもらいたい。先輩達から学べることが,たくさんあるはずだから。
先週の土曜日,母校に顔を出してきた。ゼミの同期生,友人H君が,授業「キャリア・デザイン」の講師を務めたからだ。この授業のコーディネーターは,僕の恩師なのだが,その先生からの依頼は,「How toものではなく,自分の経験を話して欲しい」とのことだったと聞いた。こうした授業の内容は,「どんな資格が必要か?」「そのためにはどのような準備が必要か?」といったHow toものになりがちである。これは「就職がゴール」という考え方に基づくものであるといったら,言い過ぎだろうか? そうではなく,長い人生を「どう生きるか」という意味で「キャリア・デザイン」を考えさせるというのが,この授業の主旨として,恩師が考えていることらしい。先生の言葉を借りれば「自分の基本をどこにおくか」ということであろうか。全くその通りだと思う。
授業の後,先生や友人と酒席があり,いろいろと話した。その時,「どう生きるか」とは,つまるところ「自分はどんな人間であるか」を追求することであるように感じられた。
今月のゼミの小レポートのテーマは,「私の長所と短所」である。これは,就職面接などで良く問われるものである。そうした就職対策という意味合いに加え,「自分はどんな人間であるか」を見つめ直す機会にして欲しいと思って,このテーマにした。ゼミ生は,どんなことを書いてくるだろうか。それ受け止めると共に,自分自身の「基本をどこにおくか」を追求していかなければならないと考える次第である。
したらしい。特に思い入れがある作家というわけではないが,学部生の時に,指導教授の薦めで『砂場の少年』を読んだことが思い起こされる。いろいろな批評があるようだが,教員を志す人は,良くも悪くも一度は,彼の作品を読んだ方が良いと思う。ちなみに,彼は教育学者の林竹二の影響も受けている。僕自身も,昔,林竹二の本を読んで,影響を受けた部分がある。また,久しぶりに読んでみようか。
しばらく書き込みをサボっていたら,おかしなトラックバックが・・・。早速削除したが,油断も隙もあったもんじゃない。対策を考えねばなるまい。トラックバックを受け付けないようにすればよいのだが,それではブログの意味がないような気もする。まぁ,「ウェブ日記」と同じだと捉えれば,問題はないのだが・・・。
卒論指導も本格的になりつつある。今日は2人,明日は1人,目白押しだ。察するに,卒論に不安を感じつつも手つかずにしていたが,ようやく本腰を入れるようになってきたということだ。この時期は,研修やらなにやら忙しい時期であるが,学生時代に皆が通る道なので,是非,乗り越えてもらいたい。C先生のの仰るとおり「仕事はやらなきゃ,終わらない」のだから・・・。
僕は結構漫画が好きだったりする。ある料理マンガによれば。料理とは火との戦いだそうだ。すなわり,「火を侮れば焦がされる。火を恐れれば生焼けになる」とのこと。これって,あらゆることに相通じるものだと思う。何事も侮ることなく,恐るることなく,取り組みたいものである。
Mac Proに買い換えたため,トラブルが起こったのは,先日述べたとおりである。今日,なんとか解決できた。
Mac Proのプリンタドライバの問題がどうにも解決できないので,とりあえず,Winにプリンタドライバをインストールしてみた。すると,こちらも何度やっても上手くいかない。そこで,プリンタの会社のHPから最新のドライバをダウンロードしてみたが,それでもダメ。どうしたものかと途方に暮れてしまった。USBを認識しないのだ。ドライバがきちんとインストールされていないためだと思って,何度か試したが,ダメ。そこで思いついたのが,USBケーブルの問題。新品なので問題は無いはずだと思って,手つかずにしていたが,今まで使っていたUSBケーブルでつなぎ直してみたら上手くいった。「そんなバカな」と思うが,事実なので仕方がない。
そして,肝心のMacである,どうしてもプリンタを認識しないので,サポートセンターに電話した。そして,「旧ドライバをインストールしてしまった場合には,再度,OSをインストールする必要がある」の意味について,確認した。つまり,OSのインストールは,上書きでよいのか,それともHDをフォーマットした上で行わねばならないのか,である。後者であれば一苦労である。なぜなら,様々のデータやアプリケーションを,コピーし直さなければならないからである。サポートセンターの回答は,無情にも後者であった。
そこで,「天の声?」があった。OSのバージョンアップの通知である。そこで考えたのは,「10.4.7から,10.4.8にバージョンアップすることで,再インストールしなくても済むかもしれない!」ということである。十分に分かった上で,こう考えたわけではない。むしろ,願望に近いものだった。取りも直さず,物は試しということで,早速OSをダウンロードして試してみた。すると,なんたることか,プリンタを認識できたのである。
上手くいったのは,ケーブルを取り替えたためか,それともOSをバージョンアップしたためか,分からない。とにあれ,なんとか上手くいった。「なんで上手くいったのか,その理由をキチンと調べないから,コンピュータが十分に使いこなせないんだな」と思いながらも,「使えるようになったのだから,深く考えなくてもいいか」と思う自分もいる。もう少し,コンピュータについて勉強することにしよう。
なんとか上手くいったことで,この記事のタイトルを「完結編」と銘打った。またトラブルが生じて,「新〜」とか「続〜」といった記事を書くことがないよう,願うばかりである。
昨日書いたとおり神保町へ行ってきた。古書祭りをしており,大層な賑わいであった。まず見つけたのは,『社会心理学パースペクティブ第2巻』である。1巻と3巻は,新刊本で購入できたのだが,2巻だけが版元で品切れで手に入らなかったので,少々気になっていた。これでようやく,全巻そろうことになった。
それと『性・暴力・メディア』を見つけたので,早速,購入した。古い文献だが,メディア暴力の問題を扱うにあたって,欠かせない1冊である。学部学生には少々難解だが,関心がある人は,是非,目を通してもらいたい。
所要のため実家に戻ったついでに,久しぶりに古本屋を廻ってきた。大学生のときに,絶版本を探しに行ったのがきっかけとなり,それ以来,定期的に古本屋めぐりをしていた。しかし,水戸に引っ越してからは,滅多に行かなくなってしまった。
古書は,インターネットでも購入できるのだが,基本的に実物を見ないと気が済まない性分なのである(ネットショッピングなども極力避けている)。あの唐沢俊一氏によると,古本屋めぐりは,「狩猟欲を満たすもの」らしい(笑)。
今日廻ってきたのは,早稲田だ。マスコミについては,古書現世という書店が有名なのだが,特に欲しいものが見当たらなかった。別の書店で,現代のエスプリ別冊『情報社会とマスメディア』を購入した。この本には,ガーブナーらによるカルティベーション理論に関する論文の邦訳が載っている。ゼミ生にも読ませてみようか。
明日は,神保町に行ってみようと思う。
新しいMacが研究室に入った。今までG4を使っていたのだが,Mac Proに買い換えたのである。これがデカい。まるで墓石のようだ(もう少しマシな例えはないものか)。G4と比較して,幅,奥行き,高さ共に,1.2倍あるかのように感じる。OSも10.4.7が入り,ますます快適な環境が実現した。と言いたいところだが,これがまた面倒なことがあるのである。
業者さんのおかげで,セッティングが済み,旧Macにあったデータもつつがなくコンバートでき,最後にプリンタドライバをインストールして作業が無地終了,となった時に事件が起こった。プリンタを認識しないのである。業者さんがネット上で調べたところ,なんと,付属のCD-Rでドライバをインストールしてはダメで,HPからダウンロードしたドライバを使わねばならないとのことだった。「それくらいなら,たいした手間ではない」と思う向きもあるが,この話にはオチがある。なんと,旧ドライバをインストールしてしまった場合には,「再度,OSをインストールする必要がある」とのこと! なんでこんなことが起こるかというと,新しいMac はインテル製だからだそうだ(この説明で僕がコンピュータのことをよく知らないことが分かる)。なんだかんだで業者さんには3時間もお世話になってしまった。
さらに業者さんが帰った後,日本語入力システムをインストールしたところ,上手くいかない。OSにはちゃんと対応していることを確かめた。さらに,パッチを当てる必要があるかの記述を見つけた。そこで,ダウンロードし,再度,インストールしても上手くいかない。よくよく調べてみると,「OS10.4には対応しているが,インテル搭載Macには対応していない」とのことだった。今日はどっと疲れた。
明後日は,他のゼミとの合同親睦会がある。疲れを癒すとしよう。
明日提出する書類を作成した。Word書類のオリジナルのフォームとは,寸分たりとも変えてはならないとのお達しである。表が多いので,意外と手間取ってしまった。
書類は,内容が第一なのはもちろんである。その一方,誤字脱字のチェックや体裁を整えるといった事務仕事は軽んじられがちだが,結構重要だ。こうした作業をテキパキとこなすのも,仕事ができる前提条件である。なんてことを,ゼミ生に話しているが,実は自分が苦手なことだったりするのだ。
しかし,Mac上ではページ内に収まっていた表が,WIn上ではズレてしまうのは,どうしたものか。こんな時,Macユーザーは面倒だなと思う。
我がゼミのHPが,10000HITSを達成した。このHPができたのは,ゼミ発足から2ヶ月後と比較的早いものだった。これはかなりスゴいことだと思う。この役割を買って出てくれたのは,一期生で教育学専攻のU君であった。現在のコミュニケーション学科に,メディア表現学コースがあることからすると,他学科出身の彼がHPの原型をつくったということは,現役ゼミ生にとっては驚きかもしれない。
当初は見る者も一期生だけだったため,HIT数の伸びも今ひとつであった。ゼミ生が増え,歴代のHP係の工夫でコンテンツが充実しだすと,加速度的にHIT数が増えるようになった(あくまで過去との比較の話であるが)。そして,3年ちょっとがたち10000HITSと相成った次第である。歴代のゼミ生に感謝!
ところで,10000HITを踏んだ人は誰なんだろう?
昨日放送されたテレビ東京の「田舎に泊まろう」を見た。僕が好きな鈴木康博さんが出演したからだ。と言っても最近は知らない人が多いかも知れない。元オフ・コースのギタリストだ。オフコースと言えば,小田さんが有名で他のメンバーは知らない人が多いだろう。しかし,やっさんも同じくらいの数の曲を発表していたし,名曲も多い。僕は彼の歌声が好きだし,脱退後のアルバムもかなり集めていた(最近は買ってないけど)。そうしたファンからすると,番組中で流れた曲に小田さんの曲の方が多かったのは,ちょっと悲しい。
でも,同じくらい小田さんも好きである。ゼミHPに書いてある「♪ 遠くに見えるその夢を、まだあきらめないで ♪」は,小田さんの曲の歌詞なのだから。この後の歌詞が,ゼミ生に伝えておきたいことだったりする。学生諸君には分からない話題なんだろうな。
本日,オープンキャンパスが開かれ,高校生を相手に模擬授業を担当した。タイトルは「コミュニケーション学科で学べること」と僕にとっては荷が重いモノであった。どれだけコミュニケーション学科の魅力を伝えられたか心許ないが,それなりに興味を持ってもらえたようだ。今日の参加者が,本学に入学してくれたら嬉しいかぎりである。夜には,先日,逝去された先生の葬儀に参列した。出会いと別れを感じた一日であった。
ここ2,3日,どうも仕事でのミスが目立つ。特に忙しいというわけではないのだが,なんと言おうか,細々(こまごま)とした仕事がちょこちょこ入るのだ。こうした状況をモノともせず,テキパキとこなすのが,所謂「仕事ができる人」なのだろう。僕は,実は結構そそっかしい方なので,こうした状況は,大の苦手なのである。というわけで,最近,少々オーバーフロー気味である。まぁ,ひとつひとつ片付けて行くことですな。って,以前もこんなことを書いたような気がする。
研究室用に「自前で」(←本日行われたFDフォーラムのキーワード?)、パソコンを購入した。メインマシンは、マックなのだが、サブとしてウィンドウズ機を購入したのである。これまでも、ウィンドウズ機はあったのだが、なんとOSは98であった。なぜかというと、インストールされている統計ソフトSPSSが、98対応だったからである。SPSS専用機くらいにしか、考えてなかった。
しかし、近年、様相が変わってきた。それは、ゼミのホームページの充実である。実は、アップも98で行っていたのである。今時ねぇ、と思っていたのだが、ズルズルと使い続けていたが、もう限界だ! XPが使えるものを購入した。メモリーは1Gだし、ハードも160Gとサブマシンとしては十分だ。しかも、ソフトもあまりいれてないので、ネット接続の早いこと早いこと。これで、 HPがさらに充実するだろう。
でも、HPの充実に心血を注いだ? 凹・君の任期は9月で終わる。快適な環境を味わうえないのかな? 例の「丸かじり」の最終企画が残っているようなのでよろしく。次回からは新HP係が引き継ぐことになる。一年って早いものだ。
以前使っていた「MacG3」の調子がおかしくなった。Mac用の電池が切れたのか,と久しぶりに秋葉に行き(コスプレには目をくれずに),アキハバラ・デパートで,電池を購入した。筐体を開き,付け替えてみても,様子は変わらない。
OSのCDから起動するなど,いろいろと試したところ,「マスターの内臓HDが物理的に壊れた」という仮説になった。そこで,スレイブで使っていた内臓HDにOSをインストールし,筐体を開いて,スレイブで使っていた内臓HDをマスターに接続しなおしてみた。するとうまく起動した。そのうえで,新たに旧マスターHDを接続したら,起動しなかった。やはり,物理的に壊れているようだ。なかのデータは,今使っているMacに移してあるため問題はない。放っておいともよかったのだが,起動しない状態にしておくのが,嫌だったのである。
Macを開いて云々・・・という作業は本当に久しぶりだった。大して難しい作業ではないのだが,僕は機械オンチなので,実は,こういう作業は嫌いだ。院生のときに,先輩に教えてもらったお陰である。作業の手順など,もう忘れてしまったかと思っていたが,意外と覚えているものだ。
本日はAO入試の第2日目であった。さしたる問題もなく、何とか無事に終わることができ、安心している。参加者の皆さん、担当の先生方、お疲れ様でした。AO入試が終わるこの時期、だんだんと秋セメの予定が入ってきた。論文を仕上げねば・・・。
本稿では,標記のことわざを本来とは異なる意味で使っている。的確なことわざが思いつかないのである。「無事是名馬」でもないし・・・。さて,本題に。
「高校生クイズ」で,浦和高校が2連覇を達成した(世界一にもなった?)。「オンリーワンより?」で書いたとおり,何事においても(勝ち)続けることは,本当に大変なのだ。
「続ける」というのは,個人に留まらず,社会においても大切なことである。それまでの「良いこと」を続けていくことは,「社会的遺産の伝達」であり,これは,すなわち,教育活動である。こうした意味でも,教育者の端くれとして,「継続は力なり」の意味を常に見つめ直したいものだ。
追伸
浦和高校の優勝は,埼玉県出身の僕としても嬉しいところだ。僕には縁もゆかりもないのだけれど,やはり,そう感じてしまうのである。
Yahooで「フィンランドで携帯電話投げ大会」という記事を見つけた(ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060827-00000017-jij-ent)。
その目的は,「主催者によると、大会はこの近代機器によってもたらされる『すべてのフラストレーションや失望』に返報すること」だそうだ。なお,世界記録は,94メートル97センチとのこと。これは凄い! ノキアで有名なケータイ大国だけのことはある?
ここ数日,高校野球の報道が盛んだ。決勝戦で力投した早稲田実業の斉藤投手の活躍に関するものがほとんどである。仮に駒大苫小牧が優勝していたならば,田中投手に関する報道一色になっていたのではなかろうか。なんだかんだ言っても,日本のマスコミは,勝った方にだけ注目しがちな気がする。yahooなどで「夏の甲子園の記録」を見ると,歴代優勝校は載せているが,準優勝校は載せていない。今回の駒大苫小牧の戦いぶりからすれば。限りなく優勝に近い準優勝だと思っている。何しろ,記録としてクローズアップされるのは,優勝校だけなのである。どれだけ頑張ろうと準優勝は優勝ではない,と言われればそれまでだ。現実は厳しい。
もし早実が負けたとしても,判官贔屓から「悲劇の熱投,斉藤投手」として,クローズ・アップされていた可能性も否定できないけれどもね。
さてさて,どうも上手くまとめられないのは,実は,僕は駒苫の「三連覇」を期待していたからだ。甲子園で優勝することは大変な快挙であることに間違いない。とすると,連覇の大変さは,想像を絶するものであろうし,三連覇といったら何をか言わんや・・・。実力はもちろんのこと,運というか巡り合わせも関わってくるだろうしね。なにしろ,メンバーが入れ替わってしまうし,プロ野球のように選手が移籍なんてこともできないのだから。そうやって選手を集めても,必ずしも強くなるとは限らない。某球団のように・・・・。
話題を戻すとしよう。駒苫の優勝を期待したのは, 「継続は力なり」を示してもらいたかったのがその理由である。その場合は,タイトルを「継続は力なり」にするつもりだった。もう一つは,自分が生きている間に「甲子園三連覇」を見ることが出来るとしたら,これが最初で最後のチャンスかもしれないという思いからである。
早実の優勝にケチをつける訳ではないが,やはり,駒苫に勝ってもらいたかったなぁ。だって,これから夏の甲子園で連覇するチームが生まれる確率はかなり低いでしょう。何しろ,連続して夏の甲子園に出場することですら快挙なのだから。
春夏連覇は夏連覇よりも可能性が高いように感じる。高校野球という性質上,両大会に同じメンバーが出場可能だからである。また,春の選抜は1つの都道府県から複数校の出場が可能なので,春の時点では必ずしも県ナンバーワンでなくても,甲子園に出場して優勝することで力をつけて,夏には県でナンバーワンになって,甲子園でも優勝,なんてことが起こる確率は十分だと思えるからである。
春連覇も大変だろうけれども,1つの都道府県から,複数校の出場が可能ということからすると,夏の連覇よりも可能性が高いように思ってしまう。
しかし,過去のデータからすると逆のようだ。夏の連覇は,戦前や戦後まもない時期に何校かあるようだ。一方,春連覇は1校(確かPL学園)だけと記憶している。春の連覇の方が難しいのだろうか。そうだとしたら,その理由が分かる人は教えて欲しい。
このように,個人的には,春夏連覇や春連覇よりも,夏連覇の方が大変なことだと思っている。とするならば,夏の三連覇なんていうのは,その確率は限りなくゼロに近い数字ではないだろうか。例えば,優勝した早実の選手達に「駒苫が逃した夏の三連覇を目指して頑張って下さい」なんで発言をする人がいたら,常識を疑われるだろう。
その三連覇まであと一歩まで迫っていたのだから,なんとしても,駒苫の優勝が見たかった。優勝した早実一色の報道に触れる度に,ついつい,そう思ってしまうのである。早実の優勝を喜んでいる方,ゴメンナサイ。
追記
駒苫を応援しながら決勝戦を見ていたが,とても打てそうには見えなかった。それでも何とか試合にしたのが,駒苫の強さなのだろう。連打はないが,なんとかホームランで得点したという感じだった。とにかく,斉藤投手のあの投球に対しては,誰も文句がつけられないでしょう。
日立市教育センターでの講演を終えた。日立市内の教員を対象としたものだ。以前もこうした機会があり,その時にはメディア・リテラシーに関する話をさせて頂いたのだが,今回は,ケータイ・コミュニケーションをトピックとした。
ケータイについては,教育現場でも問題となっているようであり,それなりに興味深く聞いて頂けたようだ。とはいえ,ケータイ・コミュニケーションの研究の現状,現時点に明らかになった問題点を指摘するに留まってしまう。一応,自分自身の調査から,どのような要因がケータイ・コミュニケーションを促進し,どのような要因が阻害するのかを紹介した。しかしながら,促進要因や阻害要因を,教育現場でどうやって扱うべきかという,実際に現場で役に立つ「ノウハウ」を話すまでに至らなかった。
また,こうした機会があれば,より具体的なケータイ・リテラシー教育の枠組みを提示していけるようにしたいと思う。
昨日,AO入試(第1日目)が行われた。参加者の皆さん,お疲れ様でした。9/2(第2日目)でも力が発揮できますように。
久しぶりに更新した。特に忙しかったわけでもない。大学時代の仲間と集まったりとネタはあったのだが,なんとなくサボってしまった。ヒマだと却ってブログへの書き込みする気がおきない。書き込みは,僕にとって,忙しいときの逃避行動なのかもしれない。
8月2日のボクシング世界タイトル決定戦で,亀田興毅選手が勝利した。僕の素人目では「これは亀田の負けだな」という感想であった。そう感じたのは僕だけではないようだ。この問題について,いろいろな報道がなされているのは,ご承知の通りである。
当日,Yahooに「ランダエタと亀田どちらが勝利と思うか」というアンケートがあった。95%位がランダエタ選手の勝利に投票していた。有名な「きっこのブログ」http://kikko.cocolog-nifty.com/kikko/ では,この試合結果に関してアンケートを採ったそうである。その結果,「13767通の有効票のうち、「亀田の負け」と「亀田の八百長」に投票した人が「13755人」で、「亀田の勝ち」に投票した人が「12人」てことだ」そうである。
研究者たる者,この結果を見て「やはり,そうなんだ・・・」と思ってはならない。ここで思い浮かぶのは,社会調査法を知る者にとって有名な「1936年のアメリカ大統領選挙前の世論調査」である。以下に示す数字については,諸説あるようだが・・・。
当時,「ルーズベルト候補とランドン候補のどちらが勝利するか」という世論調査が行われた。リテラリー・ダイジェスト社は,約1000万件に調査を依頼し,約237万ほど回収したところ,ランドン候補が有利との結果となった。その一方,ギャラップ社は,割当法を用いて,2000人程のデータを得た。その結果,ルーズベルト候補が有利との結果となった。
実際に大統領選に勝利したのは,ルーズベルトであった。データの数が多ければ多いほど良い訳ではなく,母集団を代表しているサンプルを得ることが重要なのである。この2つの調査は,こうした教訓を示した例として,しばしば紹介されている。
話を戻すことにしよう。確かに,インターネット上では,圧倒的に「ランダエタ選手の勝利」と認識されているようだ。しかしながら,インターネット利用者,ましてや,敢えて投票に参加する人々の意見が,どれだけ日本人の意見を代表しているのかは疑わしい部分があるのではなかろうか。個人の感情としては,多数派?の95%に共感しているのだが,理屈では,インターネット上の投票を鵜呑みにして良いのかと考えてしまうのである。
夏目漱石の『草枕』の冒頭に「知に働けば角がたつ。情に棹(さお)させば流される」とある。理屈で「インターネット上の投票を鵜呑みにしてよいのか」と主張すれば,角が立ちそうであるし,多くの人のように「亀田選手の負け」という主張をすれば,流されてしまっているようにも感じる。「とかくこの世は住みにくい」とはよく言ったものである。
この試合は,ながら視聴でみていたので,「窮屈だ」と感じるまで「意地を通す」つもりはないので,念のため。
所属する学科の暑気払い(兼 やや遅くなった新任の先生の歓迎会)があった,会場は,寿司屋という一風変わった? 感じであったが,確かに美味しかった。食にこだわりのあるM先生ご推薦のお店だけあった。
さて,今日,成績確認も終え,ようやく夏休みモードに入れそうだ。とはいえ,今日の暑気払いでも,秋セメでの仕事の話もちらほら・・・。完全な休みは,何日とれるだろうか。
東京大学の山内祐平先生の講演会があったので参加してきた。氏の元々のご専門は,教育工学であり,メディア・リテラシーについてお話し下さると思っていた。近年は教育工学以外の分野にも手を広げているとのことで,今回は大学の学習環境の整備に関する講演をされた。とはいえ,その背景には教育工学的な考え方が見え隠れしていたように感じた。私自身,教育工学を学んだ経験があるためかもしれないが・・・。
教育工学とは,主にメディアを用いた教育を研究する分野である。従来の研究結果によれば,メディアは教育効果を左右する1つの要因に過ぎず,学習内容,学習者の特性などとの関連から,効果は規定されるという考え方が一般的だ。
こうした考え方を反映してか,「学習環境の整備とはハコを用意するだけでは不十分である」ということを繰り返し主張しておられた。「我が意を得たり」の心境である。これは当然と言えば当然なのだが,どこか,環境整備=コンピュータの設置台数の増加,ブロードバンド化,e-learning設備と捉えるむきがあるように感じるのである。
さらには,ハード面の充実はもちろんのこと,それに加えて,コンテンツが問題となること,学習環境整備のための組織内コミュニケーション(直接こうした言葉が用いていなかったが)の問題まで言及しておられた。どんな社会でも,やはり最終的に重要となるのはコミュニケーション能力なのかなと考えた次第である。
先日,ある事情で,カバンをなくしてしまった。結構,使い勝手が良かったので,残念だった。同じモノを買い直そうと購入した店に行ったところ,配置換えをしており見つけられなかった。その後も2,3度探してみたが,見つからなかった。売れてしまったのかと,半ばあきらめていた。ところが,昨日,その店で同じモノを見つけたのである。しかも,以前に買ったときよりも,安くなっていた。ということで,早速,購入した。なんとなく,リベンジした気分?
『太田光の私が総理大臣になったら...秘書田中。』を観た。「小学生にケータイをもたせるべきだ」といった内容があったからである。わざわざ録画までしてしまった。でも,後悔した。昨年,ゼミで「中学生にケータイをもたせるべきか否か」というテーマでディベートをしたが,ウチのゼミの方がよっぽどレベルが高かったからである(当たり前か?)。
番組の出演者(パン屋の店主)が指摘していたように,どうして「他の人の意見を最後まで聞けない」のだろうか? これは,この番組に限らない。いわゆる「討論番組」は,すべからくそうである。
その理由については,これまで「相手の意見を取り入れて,自分の意見を修正する謙虚さが無い」からだと思っていた。それだけでなく,「相手を説得することよりも,自分の意見をアピールする方が楽だから」という理由もあるのではなかろうか。いずれにせよ,「自分の土俵から一歩もでずに,自分の意見だけはアピールしたい」という姿勢に変わりはない。
そうではなく,視聴率をとる演出とも考えられる(7/2の読売新聞の記事「戦後平等主義の悪弊 空虚な激論番組」など))。,当然,台本がある可能性も高い。しかしながら,ここでは,「自己アピール」の場としか捉えていないと考えることにしよう。
それでは,相手の意見を取り入れるわけでもなく,自分の意見を修正しようとするわけでもなく,相手を説得しようとするわけでもないが,自分をアピールするにはどうするのだろうか?
今流行の「私的には・・・」と言えば良いのである。この言葉は,一見,謙虚とも受け取れるが,よくよく考えてみると,「自分の土俵から一歩もでない」という姿勢が見え隠れしているのではなかろうか。最近,僕自身も,「私的には・・・」を使ってしまう。確かに便利な言葉だが,どこか,傲慢になっている可能性が否定できない。気をつけねば・・・・。
閑話休題
いつも思うのだが,日本人がディベートをする場合には,自分と反対側の立場に立って意見を述べるほうが,感情的にならずに論理的なやりとりができるのではなかろうか。こういうことをするには,「ゲームとしてのディベート」を受け入れる必要があるが,まぁ,日本人の感覚からすれば,無理だろうな。時には,論理よりもメンツの方が重要視されることさえあるのだから・・・。
引き続き,HPのアップロードを行った。アップロードなど誰でもできることで,苦闘する必要など全くない・・・はずだ。ところが以前(アップロード)で書いた症状が治まらない。写真だけアップロードできない。もちろん,HP作成ソフト上ではきちんと画像を取り込んでおり,何ら問題はない。ところが,前回,「丸かじり」の写真がアップできなかったのである。いろいろ修正をしてみたところ,何とか上手くいった。「宮本ゼミとの合同飲み会」の写真については,一枚を除いてアップできていた(なぜこんな事が起こるのかよく分からない)。そこで,残る一枚をなんとかしようとしたところ,今度は前回アップできていた写真まで見られなくなってしまった。一体全体どうなっているのだろう。
講演会「地上放送のデジタル化〜その可能性と課題〜」(上智大学 音先生)を聴いてきた。以前,NHK水戸放送局で講演する機会があり,地上デジタルの話をさせて頂いた。それから,地上デジタルの教育効果に関する論文を書いたりしたのだが,最近はサボっていた。久しぶりに地上デジタルに関する話を聴いて,大いに参考になる反面,サボっていたツケを感じた次第である。
またまた,ブログのデザインを変えた。今度は,どの位の期間,使おうか・・・。
ブログのデザインを元に戻した。今日受け取った「2005年度秋セメスター授業評価のコメント」に,「先生のブログがすてき」というものを発見したからだ。察するに,内容ではなく,デザインに対してだと思う。そこで,当時のデザインに戻した。我ながら,単純だなぁと思う。
またモノが見つからない。なんと判子である。幸いにも,通帳の届け印,ましては実印ではない。単なる三文判である。なくしてもどうということはないのだが,やはり気になる。
「なくさないように」と思って,棚の上に置いたところまで覚えている。昨日になって,「そういえば,どうしただろう」と思って見てみると(こうした思い出し方からして,問題なような気がする),見あたらない。さんざん探したが見つからない。なにしろ,棚の上に置いた後の記憶がないのである。
ボケたのだろうか? こうしたことが,とみに多い。最近,一時の忙しさを脱したので,気が弛んでいるからではないかと思っている。
その対策というわけではないが,今日,講演の依頼があったので,快く引き受けることにした。2ヶ月も先のことだが,気を引き締めて準備することにしよう。
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