事故は気合じゃ防げない JR西の「人為ミス研究」脚光
標記のタイトルの記事が気になった。読んでみると非常に興味深いものであった。
「まずは人間関係を」とある。このくだりについては,学生も読んでもらいたい。
標記のタイトルの記事が気になった。読んでみると非常に興味深いものであった。
「まずは人間関係を」とある。このくだりについては,学生も読んでもらいたい。
学生時代に所属していたクラブの祝賀会に出席してきた。35周年祝賀会にも出席したので,5年ぶりになる。知り合いが何名いるかと多少の不安もあったが,お世話になった先輩や同期,後輩など数人との再会を楽しんだ。
それぞれが家庭を持ち,仕事を持ちといった人生を歩んでいらっしゃる。それでも学生時代の感覚で話せるのは何よりうれしい。「見た目が若い」と言われたのはありがたかったが,「学生時代のほうが老けていた」という言葉が続いたのは気になった。
現役学生とも話すことができた。僕がクラブにいた当時はまだ生まれていない人たちだ。それでも,普段学生と話しているためか,すんなりと話せたように思う(学生たちは思っていないかもしれないが・・・)。
とにあれ,「大学に遊びに行くところがある」というのは,ありがたいことだ。それが,母校と言うものであろう。
クラブのほうは一次会で失礼させてもらい,その後,ゼミの同期とお酒を飲む。熱い議論?を交わしたが,その中で「大学内の常識?」に染まっている自分を感じた。決して悪い事ではないかもしれないが,異業種の方からの弁は貴重だ。そんな深い一日であった。
忙しい一日だった。巡り合わせで,このような日が時々ある。
2限 交流会
昼休み 資料の印刷
3限 授業
4限 会議1
5限 会議2
6限 会議3
忙しかったお陰で,余計なことを考えずにすんだ。
こんな日があっても良いのかもしれない。
時々で十分だが・・・。
どうも最近自分の「甘さ」が目につく。どうも自分自身に甘くなってきた。厳に慎まねばならない。研究を進めないと・・・。
また,他者への甘さは,肯定的に捉えれば「寛容さ」であるし,否定的に捉えれば「お人好し」になってしまう。僕はどちらかと言えば,後者のように思えてならない。とかくこの世は難しい。
林竹二氏のことばである。引用すると
「生きることは成長すること
成長することは学ぶこと
そして,学ぶことは変わること」
人間は,学ぶことによって変わることができる。
でも,人を変えることは難しい。
なぜならば,「自分を変えたい」と思う人だけが,変われるからだ。
僕ができる唯一のことは,「自分を変えること」なのかもしれない。
大役(少なくとも僕にとっては)を仰せつかった。「長」と名のつくものである。今日,始めて議長役を務めたのだが,しどろもどろになり,さんざんな出来だった。まぁ,「数をこなすうちに慣れますよ」と慰められたのだが・・・。
持論なのだが,「緊張したり,追い詰められたり,酔っぱらったり」といった時に現れる自分が,「素の自分」なのだと思う。元々僕は人前で話すのが苦手だ。それを再確認した次第である。いや,それだけでなく,克服しなければならない。
現在は,メディア・コミュニケーション論,マス・コミュニケーション論を専門としているが,学部生の時のゼミのテーマは「異文化間コミュニケーション論」であった。その時に興味を持った概念の1つが標記のものである。当時は,「メディア」や「マスコミ」に全く興味が無く,まさか自分がこうした専門で仕事をするようになるとは思っても見なかった。
罪の文化と恥の文化とは,ルース・ベネディクトの『菊と刀』のキー概念の1つである。同書を読んでみると,罪と恥に書いてある分量はごく僅かである。しかし,日本人のコミュニケーションのあり方を分かりやすく説明した概念として知られている。この捉え方に対する批判や再検討に関する資料についても,学生時代に勉強してものだ。
今の担当科目では,こうした内容を教えることは全くない。というか,担当するのは能力的にも無理だ。しかしながら,「日本人のコミュニケーション観」について,学生に教える必要があるのではないかと思う。石川ゼミの学生は,「異文化」や「日本文化」に対する知識が少ないようだが,日本で生きていくからには,こうした知識も必要だからである。
昨日のゼミに,この3月に卒業した5期生の2人が遊びに来てくれた。忙しい中ではあるが,たまたま?時間があったので顔を出してくれたとのことだった。
彼らは,就職して2ヶ月であり,兎に角忙しそうだった。僕としても,「いろいろ話したいことがあって来たのかな? それとも,仕事を離れた関係を求めてきたのかな?」なんてことを考えながら,会話や食事を楽しんだ。
社会人となっても,職場以外の関係,遊びに来る場所があることは,本当に貴重だ。僕自身の経験から,間違いなくそう言える。5期生がそうした関係を作り始めていることが,本当にうれしく思う。
HPが久しぶりに更新された。ついでに僕も微調整した。このHPはタグうちでつくられているので,僕はほとんど変更できない。でも,意味は分からないながらも,コピペの繰り返し,できたページを見て,記号の意味を類推し・・・とすると,それなりに何とかなるものだ。
昔の人が,未知の外国語を学ぶとき(教科書や辞書などろくにない時代),こうやって独学で学んでいったのだろうなと思う。有名な英語学者,齋藤秀三郎の子ども時代の英語学習体験が,このようなものだったらしい。
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